>>春風と大差ないね


「あの、そこ入りたいので退いてもらえますか」

センサーが働き、閉じられてしまった門の前で出来た人だかり。腕章を見るにテレビ・新聞関係者だという事が一目で分かる。
オールマイトの雄英教師就任の件で連日マスコミが押し寄せているといつも以上に顔色を悪くした八木が昨日言っていたがどうやらこの事らしい。
コホッと小さく咳を溢して、名前は気怠げにマスクを引き上げた。すっかり熱は引いたが、治りかけの風邪というものは厄介だ。控えめな物言いではあったが、報道陣の気を引くのには十分で、一斉に視線が名前へと注がれる。
退いてくれるのかと思いきや、オールマイト関係で来た彼らにとって、名前は格好の獲物にしか見えなかった。

「あなた…!」

NHAの腕章を身に着けた女性がずいっと名前に詰め寄る。その剣幕に思わず後ずさりした名前に構わず、目を輝かせながらマイクを向けた。逃がすものか、とハッキリと顔に書いてある。

「苗字名前さんね!オールマイトの相棒(サイドキック)の!!」

「あまりお話を聞く機会がなかったので、この際色々聞かせて下さいよ」

「そもそもどういった経緯で相棒に?」

「今回のオールマイト雄英就任、苗字さんご自身はどう思われてますか?」

「勿論オールマイトの授業にも同行されますよね?どういった様子ですか?」


「申し訳ありませんが、私の一存で色々お話しするわけにはいきませんので」

事務所か、雄英を通して、と続けてもマスコミ陣は引く気配を見せない。仕方ない、と個性を発動しようとして名前は目を丸くした。足が、地に根を張ったようにぴくりとも動かない。それ以外は問題なく動かすことが出来るので不覚にも発見が遅れた。そして人が多い為誰の個性なのか皆目見当がつかない。
ここまでして足止めがしたいのか、名前は呆れて言葉も出なかった。仕事とは言え物事には限度というものがある。これは立派なルール違反だ。

「いい加減、」

「いい加減にしてもらえますか」

名前の言葉が別の声によって打ち消される。途端、足元が軽くなり、その声の主を視界に入れてホッと名前は息を吐いた。「あ!さっきの小汚い…」マスコミの一人が声を上げる。
「相澤先生」どうやら騒ぎを聞きつけて出てきてくれたらしい。無駄を嫌う彼を態々出向かせた事に申し訳なさを感じるが、正直このままではどうなっていたか分からない。

「彼女も教師の一員ですので。授業が直に始まります。お引き取りください」

ぐいっと腕を引かれてそのまま門の中へと入る。後ろから聞こえる声と脅かすようなフラッシュに朝からとんでもない目に遭ったと名前は深い息を吐いた。

「手間を取らせるな」

「…すみません。助かりました」

「……風邪か」

マスクをしているのを見て、相澤が問いかける。「熱はもうないので直に治ります」そうか、と相槌を打って、そのまま職員室へと足を進めた。


***


「初めまして、苗字名前と申します。急遽本日のHRを担当する運びとなりました。どうぞよしなに」

雄英の教師陣は皆現役ヒーローでもある為、日々の授業において突発的な欠員が出やすい。それは人命を第一としているヒーロー故仕方ない点ではあるが、欠員分は全員で補うというのが常であった。勿論名前も例外ではなく、オールマイトの授業に同行する事もあれば、こうして誰かの代わりに教鞭を執る事もある。

「今日はみなさんに学級委員長を決めてもらいます。早速ですが、立候補者はいますか?」

静まり返った教室内で、手を挙げるものは一人もいない。当然と言えば当然なのかもしれない。委員長決めは誰の目から見ても用事を都合よく押し付けられる雑務にしか見えないだろう。けれど、きっとこれがヒーロー科なら話は別に違いない。
1−Cの生徒名簿には目を通してあるが、このクラスもこのクラスで癖が強そうだと名前は思う。
普通科はヒーロー科に比べて、その内情は複雑なものだ。普通科を第一志望としている人間は極僅か。殆どの生徒はヒーロー科を第一志望、併願として普通科を受験しているというのがある意味“常識化”しており、倍率争いに敗した者が普通科に、というのはよくあるケースだ。
それ故毎年毎年、ヒーロー科と普通科では止めきれない確執というものが出来上がってしまう。自分はここに居る人間ではないのに、と思っている生徒が少なからず居る。

「私としては、じゃんけんとか押し付け合いで決めたくはないのですが」

「委員長という役割は、追々人を導いていくという能力を問われます。経験しておいて損はないと思います」

「それはヒーロー科において、じゃないんですか?普通科の学級委員なんて、ただの雑用でしょ」

頬杖をついて自虐気味にそう発言した男子生徒を名前は見る。確か名前は心操人使。洗脳の個性を持った子だ。それに賛同するように各所から声が聞こえ始める。

「ヒーロー科と普通科って、そんなに違うものでしょうか」

思わず漏らした疑問は、ヒーロー科を落ちた生徒たちの自尊心を図らずとも刺激する。ざわついた教室内は、一気に不穏な空気を纏う。
「は、何言ってんすか」ギリ、と唇を噛み好戦的にこちらを見つめる別の男子生徒はそう反発する。

「違うから、俺らは“普通科”なんだろ」

「目指す場所は同じでしょう。その過程がみんな同じである必要はない筈です」

「──先生は、」


「私は、普通科出身です」

ピタリとざわつきが収まる。え、と疑うように疑問符が飛び交うが「よく誤解されるのですが」と言って名前は苦笑を漏らし、聞き間違いではない事を告げる。

「私は、元々ヒーローになりたいと思っていたわけではありません。でも両親含め周りは私の“個性”で判断をして“そう”なった方がいいのではと話を進めるわけです」

「齢15そこらの子どもが、自分の将来像を鮮明に描くなんて、ほんの一握りですよ。私はその部類ではなかったので両親の希望も半分汲んで、第一志望で雄英の“普通科”へと入学しました」

「だからヒーローになる、とちゃんと言い切り、それに向かって既に突き進んでいるみなさんを見ると、純粋に凄いなって思うんです。私には出来なかった事をしているから」

「普通科としてこの場にいる事で既に“負けた”と思うのは間違いです。確かにカリキュラムの差はあるでしょうが、それは自分の努力次第で後からどうとでもなる事です」

現に私は普通科出身で“こう”なっているわけですし、と茶目っ気たっぷりに名前は笑う。クラス全体が名前の話に聞き入っていた。
ぱん、と名前は手を合わせて個性を発動する。彼女の手元にあったプリントが風に運ばれて一枚一枚生徒たちの机に配られる。


「大事なのは自分がどうなりたいか、です。そこに“境遇”も“個性”も関係ないと、私は思っています」


委員長、立候補者はいますか。
そうして挙げられた何人もの手を見て、名前は嬉しそうに笑った。
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