>>指先から思いが伝わればいい


──最小限の負傷で最大限の力を

爆豪の記録に近いものを出した緑谷に、周りの目が変わる。発動には何か条件が必要なのか、代償が大きい分使い時を考えないといけないのか、そもそもどんな個性なんだと囁かれる中、一番状況が読み込めず納得出来ていないのは爆豪だった。
彼は緑谷の幼馴染である。緑谷は紛う事無く“無個性”だった筈だ。それがどうだ、あれはとてもじゃないが“無個性”が出せる記録ではない。色々思考を巡らせた結果爆豪が出した答えは、“本人に直接吐かせる”だった。掌を小規模爆発で威嚇しながら突っ込んでいく爆豪を止めたのは相澤だった。
特殊繊維を編み込んだ「捕縛武器」が爆豪の身体に巻きつき緑谷に飛び掛かる直前で止める。ぐぐ、と反対方向に引っ張られながらも爆豪の怒りは治まる事を知らない。

「時間が勿体ない。次、準備しろ」

個性を解いてせっせと背を向けた相澤は、2人の間の確執など知った事ではない。緑谷の記録を残しながら名前はそっと溜息を吐いた。


***


「因みに除籍はウソな」

──君らの最大限を引き出す合理的虚偽

クラスの大半の絶叫がグラウンドに響き渡った。中には初めから嘘だと思っていた生徒も居たようだが、それはほんの一部に過ぎない。

「苗字、結果」

「はい」

1位から20位までの総合結果が映し出される。見事最下位は緑谷ではあったが、それは現時点において、である。これからどう変わっていくのか、楽しみであると結果を見ながら名前は思った。

「名前さん」

校舎に向かう相澤に着いて行こうと体勢を変えた時、くいとスーツの裾が控えめに引っ張られた。振り返ると額に薄らと汗を滲ませた轟が読めない表情で立っていた。
「轟くん、2位おめでとう。どうしたの?」と名前が聞いても轟は頷くだけでそれらしい言葉を返してはこない。さて、どうしたものかと思案していると、ぽつりと轟が「俺には…してくれないのか」と独り言のようにそう漏らした。

「んん?」

「あいつには…やってた」

「…なにを?」

「…頭、撫でてた」

「……ああ」

どうやら、轟はボール投げの時に名前が緑谷の頭を撫でたのを見ていたらしい。そこまで繋がるのに随分掛かってしまった。しかしこの話の流れからすると、まるで轟は名前に頭を撫でてもらいたいかのような──少し悩んだ挙句、名前は小さく背伸びをして手を彼へと伸ばした。触れた髪は緑谷のそれとは違い、艶を帯びている。触れた髪はするりと指先から逃げてしまい、羨ましい限りだと名前は目を細めた。
轟は大人しくされるがままになっている。表情が変わらないので彼の意思を読み取る事は難しいが、自分から言ってきたのだ、少なくとも嫌がっている訳ではない事は分かった。

「じゃあ、またね轟くん」

「…ああ」

去り際、きゅう、と名前の手を握った轟が少しだけ口角を上げていたのは気のせいだろうか。何をどうしたのか、すっかり名前は轟に懐かれてしまった。握られた手の温もりが溶けるように消えていくまで、轟の事が頭から離れなかった。


「やっぱ…合わないんだよな──」

「オールマイト?」

「あ、名前。相澤くんのお手伝いお疲れ様」

「疲れました。緑谷くん、保健室ですが会いに行きますか?」

「…いや、今日はいいよ、うん。名前、」

「はい?」

「明日から私、先生やるんだよね」

「正確には今日から、ですけど」

「………」

「今日の夜で良かったら練習にお付き合いしますよ」

パッと顔を輝かせたオールマイトを見て、ふふっと思わず小さく笑ってしまった。教師としてはひよっ子同然、こんな彼を見るのも悪くはない。
ううーん、と一人で悩み始めたオールマイトを横目に、名前は一足先に校舎の中へと入っていった。


***


自分のクラスを受け持っている訳でも、そもそも教師と呼んでいい立場なのかも危うい名前が向かう先は取り敢えず職員室だ。
始業式も終わりこれから各クラスは明日からの授業のカリキュラムについてのガイダンスが行われる。もしかしたら何か手伝う事があるかもしれない。
窓の外から見える散りかけの桜は、今日までよく持った。時折吹く強い風に靡く枝が頼りない。開け放った校舎から忍び込んだ風が、名前のところにも悪さをしに来た。
砂埃を巻き込んだ風はとても乱暴者だ。咄嗟に片手で目を庇い薄らと目を開くと、埃か花粉かに刺激されて思わずくしゃみを一つ。しゅる、と髪を結っていたリボンが解けたのはその時である。「あ、」と気付いた時には悪戯っ子な微風に青いリボンが遊ばれていて。
ゆらゆら舞うリボンを個性で引き寄せようとしたが、発動する前にそれは偶然通りかかった男子生徒の手によって捕まえられた。

「あれ、ガイダンス中じゃ?」

「始まるまであと15分はあるわボケ」

ジャージから制服へと着替え終わった爆豪は、眉間の皺もそのままに、名前とリボンそして外を見つめてはっと鼻で笑った。

「風使いが風に遊ばれてちゃ世話ねえな」

「み、見てたんですか」

「さァな」

「むむ、」

正にぐうの音も出ないとはこの事。悔しげにきゅっと唇を結んだ名前を見て爆豪は少しだけ満足した。そう、少しだけ気分が良くなったから──返してやろうと思ったのである。

「ほらよ」

「ありが──あれ、」

青いリボンと、もう一つ。爆豪がポケットから出した赤いリボンを見て名前は目を丸くする。ずっと持っていてくれたのかと聞くのは愚問だ。だから名前は礼を言って二つとも受け取ろうと手を伸ばした。──が、それよりも早く爆豪の伸ばした手が名前の頬を掠め髪を一筋掬い上げた。思ったよりも近い距離感に、どうしていいのか分からず名前は息をするのも忘れて身体を硬直させた。沈黙する事数秒、先に口を開いたのは爆豪だった。

「どっちの色にすんだ」

思わず聞き返しそうになって音が言葉になる前に名前は口を閉じる。分かっていて、聞こえていて敢えて聞き返すという行為を、この少年は好まない事を知っているから。
「…赤が、いいです」間もなく出した答えに、返事をする代わりに爆豪は青いリボンを名前の手に押し付け、彼女の背後に静かに回った。
髪を掬い上げる指先の感覚に、小さく肩が跳ねたのは仕方の無い事だった。ただの気紛れか、真意を聞く事も出来ずに名前は大人しく爆豪の手が放れるまで指先ひとつ動かせなかった。

「す、すごい」

「当たり前だろーが」

編み込んである、と結い上げられた髪に触れ、名前は感動に声を震わせる。解けないように工夫を凝らされたそれを直接見る事が出来ないのは非常に残念だ。
見た目に反したその器用さに尊敬の眼差しを向けた名前に、爆豪はふんと鼻で笑った。
そしてタイミング良く予鈴が鳴る。それを聞いて教室へ行く為に踵を返した爆豪の背中にお礼を言って、「またやってくれますか?」と名前は続ける。稍あって「気が向いたらな」とこちらを一切振り返る事はせず、しかしちゃんとそう返事をして爆豪はポケットに手を突っ込んだまま階段を上がって行った。

(見てくださいオールマイト!)(あれ、リボン見つかったのかい?)(はい!)(綺麗に編み込んであるね)(やってもらいました)(え?誰に?)(爆豪くんです)(ブフゥッ…え?え?キミたち何時の間にそんな仲良くなったの?)


 Top 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -