>>モニター越しの賛辞


「…あ、おかえりなさい」

くあ、と欠伸を噛み殺して、名前は玄関へと向かう。「ただいま」と酷く満足そうに笑う八木がそこに居た。ひんやりと冷えの残るマフラーを受け取り、名前はホッと息を吐く。この様子だと、どうやら間に合ったようである。
「…無事、渡してきたよ」「そうですか」何を、と名前は聞かない。

「八木さん」

「なんだい」

「これから、ですね」

「…そうだね」

まだまだ、彼──緑谷出久にとっては入口が見えたに過ぎない。歩んでいくには程遠い。けれど、その入口すら見せてもらえない人間が多くいることを、名前は知っていた。自分もそのうちの一人であるから。羨ましい、と思わないかと言われれば嘘になる。妬みや僻みが出てこないのはきっと、名前自身も緑谷の持つ可能性に本能的に気付いているからか。
ちらりと時計を見る。後数時間で一般入試が始まる。そわそわと落ち着かない様子の八木はまるで保護者のようで、可笑しくて少しだけ笑った。

「取り敢えず、朝ごはんにしましょう」

「…うん」

お互い長い一日になりそうだ。


***


「おお、やってますねえ」

──雄英高校某モニタールームにて。
幾つも設置されているモニターには本日の一般入試受験者がランダムに映され、教師陣が受験者の審査に勤しんでいた。名前とオールマイトはその中に紛れてモニター越しに可能性を秘めた金の卵たちを見極めていた。2人に審査権はないが、その分じっくりと集中できるので何の不満もない。
不意につん、と名前の服が引っ張られ、思わず目線を下げると、見知った人物がくりっとした目を向けていた。

「やあ!苗字くん、久しぶりだね」

「ご無沙汰しております、校長先生。相変わらず美しい毛並みですね」

「秘訣はケラチンさ!君も変わらないようだね」

「はい、今年度から立場は違いますがまたお世話になります」

「うんうん。学生時代の君の優秀さはお墨付きさ!期待しているよ」

母校に戻ってくるというのは何とも言えぬむず痒さがあると、この時名前は知った。教師陣の中にも学生時代に世話になった人物が何名も居る。今回、オールマイトは教員という肩書を背負う事になる。しかし、名前は違う。オールマイトの補佐──彼の活動時間の影響が大きく関係しているが──という名目上、名前は教師という立場には成りきれない。説明のしにくい宙ぶらりんな存在ではあるが、これは教える立場にも学ばせてもらう立場にも成り得るという事。悲観的には捉えていなかった。
「おや、」無意識に声を上げて、名前はちらりと横目でオールマイトを見る。彼も気が付いたようで、あるモニターをじっと見つめている。
そこには緑谷出久が映っていた。しかし当然の事ながら状況は思わしくない。ワン・フォー・オールを譲渡されたとは言え、一朝一夕でモノにできる代物ではない。成す術なく立ちすくみ、その間に仮想敵は別の人間にどんどん破壊されている。持ちPは0。名前は目を細めた。──焦る必要などない、これからである。
その下のモニターにはいつかのヘドロ事件の爆豪がなりふり構わず仮想敵をぶっ壊していた。彼の方は何の心配も要らなさそうである。

「そろそろ出番さ!ここからがヒーローの見せ所!」

根津の掛け声で4種類目の敵が発動される。配点0Pの裏に隠された真意を、何人見抜けたのだろうか。モニター越しに全員が誰かが動くのを待っていた。
なりふり構わず配点0Pに立ち向かっていったのは、上位ポイント獲得者でも有利個性を持った受験者でもなく──所持ポイント0の緑谷出久だった。
おお!と教師陣が湧き上がる中、オールマイトが満足そうに腕を組んだのをしっかりと名前は見た。想定内である。考えるより先に体が動く、典型的なヒーロー気質。緑谷出久という人間がそういう人種である事を、2人はとっくに知っていた。

「四肢がバッキバキみたいでしたけど、あれ大丈夫です?」

「うう〜ん…付け焼刃なとこあったからね」

「リカバリーガールフル活動ですね」

仮想敵が大破したところで、試験は終了となった。「次は通知のムービー撮影会さ!」張り切った根津の声を合図に立ち上がる教師陣に名前たちもついて行く。
「漸く私の出番だ!!」と途端にマッスルフォームになったオールマイトを見て、名前は呆れを隠さなかった。きっと緑谷出久の合格通知のムービーは尺を取り過ぎるに違いない。振り返ってモニター越しに緑谷を見つめ、名前は口元を緩めた。

「おめでとう、君の弛まぬ努力の勝利ね」
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