>>冷徹の微熱


「随分教育熱心なパパですね。息子の将来を案ずるのは大事な事ですが、少々お節介が過ぎるとは思いません?」

「伴侶も何も居ないおまえに、語れるものは何一つない」

「では無関係な私を巻き込むのは、どうぞお止めください」

──私はオールマイトの相棒(サイドキック)です

「他の誰の相棒にもなるつもりはありません」

ピリピリと肌を刺激するのは、殺気だろうか。腕を組んだまま、エンデヴァーは名前を見下ろす。「それに──」間近で声がしたかと思うと、一瞬で轟の視界が暗転する。
背中に感じた衝撃と頬を撫でた風の圧に、息が止まった。はらりと轟の傍に何かが落ちる。それは名前を拘束していた筈の紐だった。

「まだ子どもじゃないですか」

カッと轟は目を見開いた。肩を押さえる手を乱暴に払い、瞬時に身を起こして距離を取る。「もう少し反応速度を上げないと、死にますよ」からからと笑い声を上げて、悪戯が成功した時のような顔で名前は笑っていた。完全に遊ばれている。否、それよりも──。
何も、見えなかった。轟の背に冷たい汗が流れる。両手を拘束されて正座をしていた女が、いつの間にか拘束を解き、いつの間にか間合いを詰めていた。ゾッとした。これがプロというものなのだろうか。個性を発動する時間すら、与えてもらえなかった。

「あ、そろそろ帰りますね」

「残念だが、今回は身を引こう」

「次が無い事を切に願います」

くるりと背を向けた名前の頭部を見て、轟は「あ、」と声を上げた。いつか見た夢がフラッシュバックする。ゆらりと動きに合わせて揺れるリボン。衝撃が走った。
記憶の中と色も状況も違うが、考える前に轟は父親の静止の声も聞かず飛び出した。行かなければという本能に、忠実に従った。

「なあ…!」

「おや、リベンジマッチにしては機が早いように思いますが」

「あんた…俺と会った事、ねえか」

閉め切った場所に居たからか、外の風が酷く心地よかった。ひんやりとした空気が2人を包み込む。一歩、二歩と轟は距離を縮めていく。
「ふふ、どうでしょうね」指先で自分の毛先を弄びながら、何とも言えない言葉を発する名前に言いようのないもどかしさを感じた。
まるで──自分ばかりが、知らないみたいで

──「もう、怖くない?」

手の届くところまで来た。表情を変えない轟に、名前はそっと手を伸ばして髪に触れる。

──「うん…ありがとう」

──「じゃあ、気を付けてね」


轟は瞳を閉じる。この撫でられる感覚。記憶の中の母親とは異なる、でもこの感覚を、覚えている。ゆっくりとでも確実に、胸の奥で凍った記憶が溶けていく。


──「ねえ、」


「また、会えましたね」


ぐい、と思い切り轟は名前を引っ張る。抵抗する間もなく自分の腕に閉じ込めて、大きく轟は息を吸い込んだ。──やっと、会えた。ずっと会いたかった人に

「…俺だって、分かってたのか」

「だって、こんな特徴的な髪の男の子、あまり居ないでしょう?」

「…そうか」

「感極まるのは分からなくもないですが…ええと、そろそろ、あの、恥ずかしいので」

「離したら、居なくなっちまうかもしれねえ」

きゅう、と抱く力が強くなる。ここぞという時に使いなさいとオールマイトに渡された見守りフォンが脳裏を過ったが、今は使い時ではないかもしれないと改めた。下心とか不純なものを、彼からは感じないから。ただ再会を喜ぶ、一人の男の子だ。

「ねえ、また会える?」
「会えるよ、君が、ヒーローになったらね」

遠いあの日の記憶に、自分はどれだけ縋り、焦がれたのだろう。

「また、会えるか」

ぽんぽん、と背を撫でられる。見下ろせば名前があの時と同じ顔を浮かべていた。

「勿論。君がヒーローになるのなら」
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