>>魔が差す執着心


「………」

「………」

「………」

「………」

両者じっと目線を交わり合わせたまま微動だにしない。
名前に抱きかかえられている少女は不思議そうに2人を見つめ、しかし、助けてくれたのには変わりはないと結論を出したようで無邪気に沈黙の続く重たい空気を打ち破った。

「おねーちゃん!助けてくれて、ありがとう!」

「…ああ、うん。痛いところはある?」

「転んだときに、すりむいただけ!でもへーき!」

「あとで、ちゃんと消毒してね」

「うん!おねーちゃん、お空とべるんだね!すごい!」

きゃっきゃと腕の中で燥ぐ少女を駆け寄ってきた母親に引き渡し、名前はもう一度、未だ一言も発しない、けれどこれでもかと言う程威圧してくる人物を見上げた。オールマイトもそうであるが、身長差が50センチ以上も開くと冗談抜きで首がしんどいのである。序に沈黙も痛い。
記憶にも残るか怪しい、何とも弱小(ヴィラン)であったが、日中の街中で幼い少女を人質に取ったという事もあって警察のパトカーもマスコミも予想以上に多い。あとは任せても大丈夫だろう。問題は、目の前のこの人である。
事件が起きていて見て見ぬふりをする訳も当然なく、けれど偶然とは怖いもので名前と同じく通りすがった炎を身に纏うNO.2ヒーローエンデヴァーと図らずとも共闘をした結果がこれだ。
名前は言わずもがな、エンデヴァーが大の苦手だった。学生時代からエンデヴァー本人からの事務所への相棒入りアプローチは群を抜いて酷かった。恐らく体育祭で名前の個性を知ったのだろう、炎と風、無論相性は悪くない。あの時の出来事は今でも名前の中でトラウマ級に胸に刻まれている。
しかし鉢合わせてしまった以上、私情を挟むわけにはいかない。不本意ながらも、名前とエンデヴァーは今日初めてヒーローとして現場で会ったのである。

「………」

「…あの、そろそろお暇させて──」

「どこへ行く」

あ、やっと喋った。と、思う間もなくむんずと襟首を掴み上げられて思わず息を詰める。近寄るとより分かる、彼の身に纏う火力の強さ。いつも無愛想に真一文字に結ばれている口元は、何故か今は満足げに歪められている。
煌々と燃える炎は風と交わる事で威力が数段にも跳ね上がる。外的要因で複合個性となったものを惜しみなく発揮出来るちょうどいい実験体、まさにエンデヴァーにとって先程の敵はそんな位置づけだった。今のエンデヴァーは自分の個性と名前の個性を交わらせ、予想以上の結果が出たことに歓喜し、己の見込みが間違いでなかったと悦に入っているだけだ。
利用価値があるかないかを改めて推し量られた気がして(恐らく間違いではない)名前は胃がずん、と重くなるのを感じた。

「…今日は彼奴は一緒ではないんだな」

「まあ、彼は私と違って多忙な身ですので」

「好都合だ。この後時間はあるな」

「せめて疑問形で聞いてくれませんか、ないです」

「自分で暇だと言っただろう。いいから付き合え」

お巡りさんん!!と名前が叫ぶより早く、口を手で覆って名前を担ぎ上げたエンデヴァーは、その辺の敵よりもよっぽど敵らしい顔をしていた。


***


「……」

轟焦凍は、顔には出さないが酷く困惑していた。父親に普段向けている殺意に似た感情を忘れてしまう程には。稽古場に呼び出され、赴いたはいいが、そこには初見の人間が居た。
スーツ姿の若い女。正座をし、前で両手を紐で縛られている。………このクソ親父、到頭犯罪に手を染めやがった。

「…焦凍、一応言っておくがこれは客人だ」

「客人にするもてなしとは到底思えねえが」

「お家に返してください」

縛られた両手を振り回してそう主張する名前を、轟は困惑した瞳で見つめる。十中八九エンデヴァーの差し金には違いないであろうが、そこに目の前の女の意思はないように思われた。彼女の言動を考えると無理矢理連れてこられたという線が濃厚だ。──やはり、犯罪ではないか

「苗字、焦凍だ。これは俺の最高傑作、何れお前の隣に立つ男──オールマイトをも超える存在になる」

ピクリと指先が嫌悪感を示したのが分かった。じっと自分を見つめてくる、招かれざる客の目線。どいつもこいつも──不愉快極まりない。
思い切り眉を顰めた轟を意に介する事なく、名前はエンデヴァーに呆れたように一瞥を寄越した。

「普通に自慢の息子ですって言えばいいじゃないですか」

「………相変わらず空気の読めん女だ」

「苗字名前と申します、どうぞよしなに」

ぺこりと会釈をしてきた名前に、轟も小さく頭を下げる。一体自分と彼女を会わせてどうしたいのだ、こいつは。エンデヴァーが何の気もなしにこのような面倒な事をしないのを、轟は身に染みて知っている。だからこそ、警戒心が強くなる。どうせ、碌な事ではない。
轟焦凍にとっても、苗字名前にとっても。

「苗字、焦凍の相棒(サイドキック)になれ。最強には、最高の人材が必要──そうだろう?」

は、と鼻で笑ったのは、どちらだろう。
 Top 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -