twitter、pixiv再録
プロヒーロー設定






「ば、爆豪くん…?」

インターフォンを確認せず、「はぁい」と軽快な返事ひとつで玄関を開けたのが良くなかった。洗濯を回していたから、リビングに戻るよりも直接出てしまった方が早いと思っての事だったが、それを今心底後悔している。
心の準備がまるで出来ていなくて、動揺から声が上擦り目線が行ったり来たり。随分不躾な態度を取ってしまっているが、相手はその態度以上に気に入らない点があったらしく、大きな舌打ちを浴びせられた。

「あ?んだよそのクソ他人行儀な呼び方は。昔みてェに呼べや」

生意気で粗暴な態度と目つきの悪さは昔と全然変わっていなくてつい懐かしさで目元が緩む。そんな私とは対照的に目を吊り上げた彼──爆豪勝己くんに謝罪をひとつ口にして私は突然の懐かしい訪問者を招き入れるべくドアを全開にして来客用のスリッパを出したのだった。



***



勝己くんはオールマイトに憧れるヤンチャな男の子だった。私たちは年が六つも離れていて性別も違うけど、家が隣同士でお互い一人っ子という事もあって休日はよく一緒に遊んでいた。
女の子らしい遊びはひとつもなく、専ら虫取りや探検、ヒーローごっこ。他の男の子たちと混ざり泥だらけになるなんてしょっちゅうで。私はお絵かきやおままごとよりも身体を動かす事が好きだったから不満は全然なくて、寧ろ弟が出来たみたいで嬉しかった。
勝己くんは個性が発現してからは特に、周りがヒーロー向きの個性だねと囃し立てるから“将来は絶対にヒーローになる”という確固たる目標を幼いながら築き上げ、ヒーローごっこにも熱が入った。
私は大抵(ヴィラン)に人質に取られた一般市民役で、木の上や滑り台、ジャングルジムの上でヒーロー役の勝己くんが救けに来てくれるのを待っていた。
そんな或る日。茜色の夕焼けの下、例の如く敵の魔の手から救出してくれた小さなヒーローと手を繋ぎ帰路に就く中、彼は唐突に私を見上げて言った。

「将来俺がオールマイトみたいなスゲーヒーローになって、」

「うん?」

「敵ぶっ倒しまくって、んで、事務所ももって」

「うん」

「金持ちになったら、名前と結婚してやる」

「…うん?」

六つも離れていたとは言え、結婚という単語は当時の私には程遠いもので、言われた事の意味を深く理解するには至らなかった。
同世代にしてははっきりとした将来像を描いていたので、その延長戦だろうとおままごとが好きではない癖に“ままごと”感覚で私は「勝己くんのお嫁さんかあ。照れちゃうなあ」と軽く受け流した。
「忘れんじゃねーぞ!」と私を見上げるヤンチャで弟のような男の子の言葉を今更ながら、思い出した。



***



「人の顔見てニヤニヤしてんじゃねェ」

「ごめん、つい昔の事を思い出しちゃって」

カラン、とグラスの中の氷が揺れる。出した麦茶を一口でグラスの半分ほど飲み込んでしまった彼は、もう立派な大人であり──今や連日メディアと世間を騒がせるプロヒーローだ。私を見上げていた小さな男の子は当たり前だが──身体的な意味も含めて──すっかり大きくなってしまい、子どもの頃から抱いていた夢を見事に実現させた。
家が隣同士とは言っても、一緒に遊んでいたのはほんのちょっとの間、彼が小学生になった頃には私は中学生、お互いの生活リズムは異なるし思春期真っ最中で男の子と遊ぶなんてもうしなかったので顔を合わせた時に挨拶をするくらいで徐々に疎遠になっていった。
そして高校卒業と同時に就職して実家を出た私は、正直勝己くんとはもう会う事もないだろうなあ、と思っていた。
それがどうだろう、そんな彼が今目の前で平然と麦茶を啜っている。人生何が起こるか分からない。

「そういえば、おばさんとおじさんは元気?」

「知らねえ」

「ええー?」

「生きてんだからそれでいーだろが」

今日は珍しく早くに目が覚めたので午前中にクッキーを焼いたのだが、お茶請けがなかったのでちょうど良かった。手作りでごめんね、と先に告げておいたけど、勝己くんは文句ひとつ言わず先程からぽいぽいと口に運んでいる。甘いものは好きじゃなかったような記憶があるけど、大きくなってある程度克服したのか。
此処の住所は実家の母から聞いたそうだ。態々こうして顔を見せに来てくれる程、彼の中に私の存在があった事に驚きだが悪い気はしない。
「小さい頃からの夢が叶って良かったねえ」とお昼のニュースで流れた昨日のコンビニ強盗犯をぶっ飛ばす勝己くんの映像を横目に私はにこにこと微笑んだ。こんな有名になっちゃって、ただのご近所さんだったに過ぎないのに何だか私も鼻が高い。
テーブルに麦茶を置いて、勝己くんが隣に座る私をじろりと見た。幼少期と違って目に凄みが加わっているが、決して怒っている訳ではなくこれが彼にとっての通常であるので動じない。
ただ、ぽつりと零された言葉は珍しく小さなもので隣同士で座っていなかったら危うく聞き逃してしまうところだった。

「…まだ全部叶ったワケじゃねえ」

「そうなの?」

「だから今日態々来たんだろーが」

「うん?」

ショルダーバッグを手元に引き寄せ、ジップを開けながら言った勝己くんの言葉に首を捻る。ヒーローになる事以外の夢を彼の口から聞いた覚えはないので私にはまったく見当がつかないのだ。
うーんと麦茶を口に含んだ私の目の前に突然一枚の紙きれが突き付けられた。「婚姻届」と緑色の字で大きめに書かれたそれを目にした瞬間、私は動揺から飲みかけだった麦茶が器官に入ってしまい、大きく咽込んだ。反射的に口元を押さえたけど指の間から僅かに麦茶が零れ出る。
涙目でゴホゴホと咽る私に何やってんだと呆れた眼差しを送って、勝己くんはテーブルの上に置いてあるティッシュを数枚抜き取って私に差し出した。お礼を言える程回復はしていないので取り敢えず受け取って口に当て、思い切り咳き込む。苦しさから身体を丸めた私の背に、大きな手がぎこちなく触れた。
息が整っても私の思考回路は混乱したままだった。いつまでもこうしている訳にもいかず、恐る恐る姿勢を正した私の目には至極真面目な顔をした勝己くんが映る。
怒声が飛んでくる事は覚悟の上で、ティッシュを握り締めたまま私は口を開いた。

「私、もしかしてドッキリ収録に巻き込まれてる…?」

「あ゛ぁ?何ワケ分かんねぇ事言ってんだぶっ殺すぞ!」

舌打ちと共に今日一番の暴言が彼の口から飛び出したが臆している場合ではない。かなり雑ではあったけど、ドッキリの可能性を真っ向から否定されたのだ、私はどうしたらいいのか分からずきゅ、と唇を噛み締める。
勝己くんらしいプロポーズの仕方ではあるのだけれど、何分相手を間違えている。私たちは恋人ではないし、数十分前に数年ぶりの感動の再会を果たしたばかりだ。
オイ、と婚姻届片手に迫って来た勝己くんの鬼の形相に益々混乱した私はつい“個性”を発動させてしまった。

「…いい度胸じゃねェか、なあ」

「ひぇ!あ、あのごめん。つい、」

「ついじゃねェ!いいから早よ個性解けや!!」

ぶるぶると身体を小刻みに震わせてソファの端に避難した私に眼光を鋭くする勝己くんはこちらに手を伸ばした不自然な体勢で身体を硬直させている。
私の“個性”は目が合った人物を強制的に静止させ、瞬きをすれば自動で解除される。個性だけ見ればヒーロー向きかもしれないけれど、ヒーローとは個性だけで成れるものではない。一番大事なのは芯の強さだ。(ヴィラン)に臆せず立ち向かっていく屈強な正義感、自分の命と他人の命を天秤に掛けなければならなくなった時に躊躇なく後者を選択出来るような不屈の精神力。
私にそんなものはない。誰かの命を守れる程の強さを持ち合わせていないし、度胸もない。怖いものは怖いし、痛いのも死ぬのも嫌だ。だからどんなにヒーロー向きの“個性”を持っていても私は一般市民の枠を出ない。
私が持ち得ないものを沢山持っている勝己くんはキラキラと輝いているように見えて、単純にカッコイイと思う。けれど、それとこれは違う、気がする。
ぱち、と考え事をし過ぎて無意識に瞬きをしてしまい「あ」と気付いた時には一気に距離を詰めた勝己くんが視界いっぱいに広がっていた。

「か、勝己くん」

「次“個性”使ったら容赦しねェ」

「しない、から、お、おち、落ち着いて…!」

「俺は最初っから冷静だわクソが」

私に馬乗りになって目をカッと見開いた彼の手の中でぐしゃりと婚姻届が握りつぶされた。うわあ、と思った瞬間、彼の感情の波に同調するように小爆発が起こり、婚姻届はところどころ焼け焦げてただのゴミと化してしまった。私としてはその方が助かるのだが、勝己くんの事だから予備を何枚も持っていそうで安心しきれない部分がある。
ソファの肘掛けに頭を乗せた状態で押し倒されている私は身動きが取れない。片手もソファに押し付けられているし、この構図はとてもじゃないけどヒーローがするものではない。

「ひとつだけ、確認させて欲しいんだけど…」

「………」

ツン、と逆立った赤白橡の髪と燃えるような紅い瞳は当たり前だけど小さい頃の勝己くんのままだ。なのに私の手首をぎゅうっと握る骨ばった大きな手は完全に男の人のもので、そのギャップに私はついていけない。
荒々しい筈の瞳が凪いでいる事に気付いた私はごくりと生唾を呑んで、聞かなければならない事をたどたどしく紡いだ。

「勝己くんって、私の事…その、好きだった、の?」

「……勝手に過去形にすんな」

ひゅ、と喉が鳴る。それと同時に競り上がってくる熱が身体を突き抜け、心臓が大きく跳ねた。
将来ヒーローになって事務所を持ってお金持ちになったら。──あの帰り道の何気ない会話がリフレインする。勝己くんは冗談を言う子ではなかったともっと早く気付くべきだったのだ。

「てめェ、その様子だとあん時の事忘れてただろ」

「…そ、それもあるし、お互い子どもだったから…本気にして、なくて」

「本気だと知った今、どうすんだ。言っとくが俺は誤魔化されてやる程お人好しじゃねェぞ」

本人の言う通り、何事に於いても白黒ハッキリつけるタイプの勝己くんには誤魔化しは一切通用しない。返事を保留にしたところでメリットも見出せそうにないので、私は腹を括るしか選択肢がなさそうだ。しかしそれでも──ちらりと無残な姿になった婚姻届を見やり覚悟を決めた。

「勝己くん。こ、恋人から始めませんか…」

「あ?」

「流石にね、小さい頃から知ってる仲でもゼロ日婚は…即決出来ないよ。それに、彼氏と一緒にやりたいなって事もあるし…」

「………例えば?」

ムスッとしたまま三白眼をこちらに向ける勝己くんは意外にも私の返答次第では譲歩してくれそうな雰囲気を醸し出していた。もう一押しか、と自身の未来が懸かっている一世一代の即席プレゼンテーションの為に思考を総動員させて、私は指折り数えながら慎重に言葉を選ぶ。

「デートしたいし、手も繋ぎたいし、一緒に美味しいものも食べたいし、遠出もしてみたいし…キスも、し、したい。まず恋人らしい事を一通りしたい…です」

「………」

我ながら随分と恥ずかしい事を口にしたものだと言い終わってから激しい後悔の念に苛まれた。経験不足を自ら公表してどうする。
面倒くさい女だと思われただろうかと視線を右往左往させていると掴まれている手首を思い切り前に引っ張られた。勝己くんの腕一本で身体を起こされた私は今度は彼の膝の上に身体を預けるような体勢に思考が再び停止する。
じっと私の瞳を見つめたまま無言を貫く勝己くんが手首を放し代わりに節くれ立った指を私のそれと絡めきゅっと握った。反対の手が頬を包み込むように触れて体温の高さに心臓が口から飛び出しそうなくらい跳ねる。
間近で見る勝己くんは、幼少期のちょっと生意気だけど可愛らしい男の子から格好良い男の人になっていて、流れた歳月の変化をまざまざと見せつけられた。
「名前」ぐっと近づいてきた勝己くんの額がこつんと私の額にぶつかる。唇が触れ合ってしまいそうな程の距離の近さに睫毛が震える。

「やりたい事、全部俺が叶えてやる」

だからてめェの全部を俺に寄越せ

どろりと鼓膜に染み込む熱っぽい言葉に限界を迎えた私は涙目で“個性”を発動させてソファから飛び降りた。
勝己くんが青筋を浮かべてキレ散らかすまで後一秒──。
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