Twitterネタより。ちょっと卑猥。





「苗字さんすみません、任務帰りのところ…」

「いえ…大変でしたね、伊地知さん」

「ねぇえ!名前ってば何で伊地知とばっか話してんのぉ〜?僕という者がありながら!」

「五条さん、少し静かに」

バックミラー越しに私たちのやり取りを見てだらだらと冷や汗を掻きながらハンドルを握る伊地知さんが心做しかいつもより窶れて見える。こんなクレイジーハイの五条さんの相手を私が合流するまで一人でしていたらそれはそうなるかと彼に対して同情の念を禁じ得ない。
正直今の五条さんは私の手にも余る。というか、酔っ払いの相手がマトモに務まる人間が居たら是非お会いしてコツを伺いたいものだ。
「名前、ねえ名前」と私の二の腕に頬を寄せる三十手前の大男に大きな溜息が漏れた。新幹線を一本遅らせていたらこんな厄介ごとに巻き込まれなくて済んだのでは、と顔色の悪い伊地知さんには申し訳ないがそんな事が脳裏を過る。

下戸である五条さんが何故このような状態かと言うと、単純に飲み会の席で間違えてアルコールを摂取してしまったかららしい。最強を冠する呪術師が誤飲だなんて聞いて呆れる。毒物を自身の反転術式でどうにか出来るのならアルコールの分解だって可能ではないのか。術式はそんなに汎用性の高いものではないといつもの彼なら私の凡俗な考えなど一蹴していただろうに、今の五条さんはヘラヘラと気の抜けた笑みを浮かべて距離感バグりまくりの只の酔っ払いだ。
冗談ではなく通常の三割増しで馴れ馴れしいというか、スキンシップが酷い。

「ねえ名前ちゅうしよ、ねえ」

「こわい。しません」

「優しくするから、ね?」

「助けて伊地知さん」

「また伊地知?名前伊地知の事好きなの?僕より?僕を差し置いて?」

「わ、私の事は空気だと思ってください… 苗字さん後生ですから」

不穏な空気を漂わせた五条さんに伊地知さんが震えあがっている。運転手が気絶でもしたら五条さんは兎も角私も伊地知さん本人も無傷では済まない。
仕方がないので意識を逸らそうと苦し紛れに五条さんの頭を撫でると思いの外功を奏したようで猫のように今度は手にすり寄られた。そういえば常時発動している無下限は一体どうしたんだ。当たり前のように触れ合っている事に今更ながら疑問が脳内を飛び交う。こんな調子ではいつかお酒を飲まされて暗殺されてしまうのではと一抹の不安が過った。最強も酒を目の前にしたら私以下の最弱に成り下がる。らしくもなく割と本気で五条さんが心配になった。
「んんー」と唸りながら私の肩口にぐりぐりと額を押し付ける五条さんを適当に往なしながら出来るだけ気配を消して運転に集中している伊地知さんに問いかける。

「五条さんかなりキてますけど、どのくらい飲んだんですか?」

「私が直接見ていた訳ではありませんが、家入さんによると三口ほどだったと」

「ええ〜。五条さんアルコールが相手だとヘボヘボの雑魚じゃないですか」

「なーんでさっきから伊地知とばっかり話してんの?僕ずっと置いてけぼり。ひどい。伊地知あしたマジビンタ」

突然の暴力宣言に「?!」と目を見開いて絶望的な顔をした伊地知さんが本当に不憫すぎる。ここまで面倒を見てもらっておいてそれはないだろうと窘めるようにふわふわと綿毛のように揺れる柔らかな白髪をペチリと叩いた。因みに酔っ払い相手だから出来る叱り方である。シラフの五条さんにはそもそも触れられない。

窓から覗く途絶える事のないネオンの光が時折網膜を刺激して眩しい。今回の任務は呪霊の祓除ではなく呪具の回収だったので血腥い戦闘もなく比較的身体の負担は軽い方だった。しかし心地良い車の揺れと夜の時間帯が眠気を誘い、込み上げてきた欠伸を噛み殺す。本来だったら今頃はシャワーでも浴びてベッドに入っていたかもしれないなあと思うと隣でヘラヘラと笑っている五条さんがちょっぴり憎らしい。
大きな身体をくの字に曲げて私の肩に寄りかかる姿は見ている方が疲労感に襲われる。寄り掛かりたいなら反対側の窓の方にしたらいいのに。絶対明日脇腹あたりが痛いと思う。

「んー、あー、しあわせ。匂い、好き」

「………」

単語を発しないと呼吸が出来ない呪いにでもかけられているのかと思う程五条さんはくぐもり声で只管何かを喋っている。
すん、と鼻を啜る音に身を引いて少しでも距離を取ろうとするとエグいくらいの頭突きを食らう。汗を掻く程過度な動きをしていないにしろ、シャワーすら浴びていない身体のにおいを異性に嗅がれるのは精神的にもダメージが大きい。頭突きされた箇所がズキズキと悲鳴を上げている。酔っ払いは力加減というものを知らんのか。
信号待ちの度にそんな感じなので、「名前」と名前を呼ばれゆるりと腰に回された手に縋るように力が籠められると私はいつ上半身が捩じ切られるのかと恐々としている事をきっと彼は思いもしない。

「五条さん、良い子にして」

強すぎる拘束力にこのままでは車酔いしそうだと思った私は渾身の力でベリッと五条さんを引き剥がすと有無を言わせずに左手で彼の右手をぎゅっと握った。ぴた、と五条さんの動きが止まる。そしてゆっくりと顔を上げた彼は私の肩に散々顔を押し付けていた所為で目隠しがズレてしまっている。ネクタイと背広を盛大に乱したサラリーマンを連想させるようなだらしなさは見るに堪えないので一応一声掛けてそれを下ろした。
きゅ、と唇を噛み締め、アルコールの所為か普段色の出ない頬も赤みを帯びている。この距離の近さだと真っ白な睫毛の一本一本まで鮮明に解る。露出したアイスブルーの瞳は潤んで揺れているように見えた。まるで叱られた子どもみたいだ。
「す、すごい…」とすっかり大人しくなった彼を見た伊地知さんが絶句していた。酔っ払い相手に聊か大人げなかったかと、急に静かになった五条さんに少し焦った私は怒ってはいないという意味を込めて優しめの力で大きな手を握ってみた。きゅ、と握り返されて安心する。そのあと当然のように指を絡められて嘆息してしまったけれど。



***



五条さんの住むマンションの目の前で車が停車する。大した時間は経っていない筈なのに、私は任務の時以上に倦怠感を抱いていた。助手席からミネラルウォーターを取り出した伊地知さんが良かったらと手渡してくれた。彼のこんな細やかな気配りには毎回脱帽する。
頬を撫でるひんやりとした夜風が気持ち良い。眠そうに目を擦りながら車を降りた五条さんの隣に立って、高層ビルのようなマンションを見上げる。──この人、一体何階に住んでいるんだろう。困っている私を見兼ねて手伝いますと一緒に車を降りた伊地知さんに「伊地知、もう帰っていいよ」と軽く手を振った五条さんが私の腕をぐいと引っ張った。

「……え?」

瞬きの後、私は見知らぬ玄関に五条さんと一緒に佇んでいた。…相変わらずぶっ飛んだ術式だ。でも私まで連れてくる必要はなかっただろうに。伊地知さん、困っているだろうな。
ベッド、とぽつりと呟いた五条さんが覚束無い足取りで歩き始めたものだから思わず靴を脱いでないよりマシだろうと腕を掴んで支えた。一般女性より鍛えている私でも、流石に五条さんのような大柄な男性に倒れられでもしたら対処の仕様がない。
ベッドと言っていたからてっきり寝室に向かっているのかと思っていたが、五条さんが辿り着いたのは洗面所の前だった。歯ブラシを引っ掴んでのろのろとそれに歯磨き粉を着けるのを横目に手持ち無沙汰になってしまった私は鏡越しに彼をじっと見ている事しか出来ない。

「気持ち悪いんですか?」

「ん。名前来る前に吐いてたし」

「えっ、大丈夫ですか?!」

「出し切ったからもう気分は悪くないよ。吐いたのが気持ち悪いから歯磨きしてるだけ」

会話もしっかりしているし、もう私が居なくても良いのではないか。そろりと距離を取りながらそんな事を思った私に目敏く気付いたのか高速で腕を掴んできた五条さんが鏡越しに鋭い視線を送ってきた。歯磨き粉を口の端につける間の抜けた姿はその眼光の所為で見事に打ち消され、代わりに大変物騒な雰囲気を醸し出している。
信用されていないのか、肘を折って降参と軽く手を上げた私を彼は嗽を終えるまで放す事はなかった。

「…パジャマ」

「ん?あ、これですね」

真っ暗な寝室は物の数秒で夜目が効いて歩くのに支障はなくなった。大きなベッドの縁にどかりと座る五条さんの指先が示した先にあるサテン生地の黒いパジャマを差し出すとパッと両手が広げられる。脱がせってこと?本来ならドキドキするのかもしれないが、当事者である私は介護感の方が強かった。否、子どもの寝かしつけか。
困ったと眉を下げても五条さんが勘弁してくれる筈もなく、早くと催促を含んだ眼差しが私を見上げている。半ばヤケになって腹を括った私は不慣れさを隠そうともせずに見慣れたデザインのボタンをひとつひとつ外していくが、他人の着替えの手伝いなんてする機会がないので扱いが本当に難しい。
私の一挙一動をじっと食い入るように見つめてくる五条さんの視線も煩い。ああでもないこうでもないと唸りながらも何とか五条さんの腕から服を抜き取り、前開きのパジャマを着せるまでを終えた頃には一種の達成感を味わっていた。
ふぁ、と眠そうに欠伸をした五条さんに下は自分でやってくださいねと声を掛けて手に持った上着をリビングに置きに行った。自分の荷物の中から不自然に飛び出しているミネラルウォーターを見て、これは五条さんにあげた方がいいかなと思い直し、置いた上着の代わりにそれを引っ掴んで頃合いを見計らって戻るときちんと着替えを終えた五条さんが座ってこちらを見ていた。

「そろそろ帰りますね、ゆっくり休んでください。あと伊地知さんから貰ったお水、置いておきます」

返事の代わりに軽く手招きをされたので素直に従うと吃驚するくらいの力で引っ張られ、相手が酔っ払いだと完全に油断していた私はいとも簡単にベッドの上に放り投げられた。すべての衝撃を吸収してくれたマットレスのお陰で痛みは一切ない。
私の手から吹っ飛んだペットボトルが床に叩きつけられた音がやけに大きく耳に残った。

「え、…ええ?」

「ホント、名前って笑っちゃうくらいお人好しだよね。だめだよ、安易に男の家、しかも寝室に足を踏み入れたらさ」

ナニされてもオッケーって言ってるようなもんだよ、と私をうっそりと見下ろす五条さんが言った。言葉と行動が伴っていない。
つう、と悪戯に指先が耳の形を確かめるようになぞり上げると、ぞわぞわとした感覚に腰が浮いた。私のその反応を見た五条さんの目が細まる。まずい、と思った時には頬に柔らかな白髪がかかり、熱い吐息と共に耳朶に歯が立てられていた。

「ひっ…や、やめっ!」

「名前、耳弱いんだ?」

「ぅ…ッ舐めたら、や、だ」

「かーわいい」

いつもより低いトーンで直接耳元で囁かれた言葉は身体の奥を揺さぶる破壊力を持っていた。歯を立てた箇所を労わるように這う熱い舌先が厭らしい水音を立てる。目に涙を浮かべて身を捩って逃げ出そうとする私を五条さんはくつくつと喉の奥で嗤う。
「ご、五条さ」動揺から上擦った声を上げた私の唇を五条さんのそれが塞ぐ。言葉になる筈だった音は文字通り食べられてしまい、啄む度に零れるちゅ、と鼓膜を揺らすリップ音に羞恥心で頬がどんどん熱を持つ。下唇を優しく噛まれびくりと肩を震わせて怯むとその隙を逃さずに舌がぬるりと入り込んできた。上顎を舐められると嫌でも声が出てしまい、内臓のあたりに甘い痺れが走る。舌を絡め何度も角度を変えながら執拗に私を責める五条さんの瞳に浮かぶ劣情の色に身体の奥が疼いた。
やっと解放された時には抵抗だとか理性だとか、私の中の大事なものが根こそぎ溶かされてしまった後だった。

「ごめんね、今日は帰してあげない」

息を乱す私を熱の籠った眼差しが見下ろしている。艶々と濡れた唇を見せつけるように赤い舌先で舐め取りながら五条さんは私の服に手を掛けた。
私とは違い、ボタンを外す節くれ立った手に迷いはない。

「えっ、いや、あのっ!ダメですお風呂もまだなのに…!」

「やめないし待てない。今すぐ突っ込みたい」

「ひっ」

正当な言い分は背筋を凍り付かせるような言葉にぶった切られた。あまりにも明け透けな物言いに思わず声が裏返ってしまった。

「お酒…酔ってるんじゃ……?」

「アルコールなんて疾っくに抜けてるよ。ほら、今度は僕が脱がしてあげるから大人しくしてて」

「こういうのは、後腐れのない人を選んだ方がいいのでは、」

「は?オマエまさか、僕が一夜限りの関係で終わらせるとでも思ってんの?」

私の上着とシャツを放った五条さんの動きが止まり、目が剣呑な光を帯びた。まだ致してもいない段階でこの次が確定してしまっているのが疑問だ。
「セフレは嫌、です」殺気立った瞳に声を震わせながらも大事な事なので意思を伝えると少しだけ身体を起こした五条さんがはぁあ、と大きな溜息を吐いて片手で顔を覆って天を仰いだ。
「好きだよ」──突如飛び出した思いも寄らない言葉に幻聴かと目をぱちくりとさせる。ぽかんと口を開けて状況が呑み込めていない私に言い聞かせるように、五条さんはずい、と顔を寄せてきた。

「好きだよ、名前。酒を口実に家に連れ込んで既成事実を作ろうとしたの、僕悪いと思ってないから。どんな手を使ってもオマエが欲しいし、今この瞬間も余計な事考えらんないくらい滅茶苦茶にしてやりたくて堪らない」

「ぶ、物騒だ…」

「で、名前はどうなの。返事がどちらでもヤる事は確定だからそこは諦めてね。嫌って言ってもコレでオマエを落とす自信があるから明日また同じ事訊く」

百戦錬磨、床上手な遊び人しか言っちゃいけない台詞だ。まさか自分がそんな事を言われる日が来るとは。訊いている癖に、私に最終的な選択権がないように聞こえるのは何故だろう。
痺れを切らしたのかキャミソールを捲って脇腹を撫でる手にびくりと身体を揺らして、この後の被害を最小限に抑えるよう慎重に言葉を選ぶ。

「たぶん、恐らく、好きだと思います……でも痛いのも怖いのも嫌なので、優しくして欲しい、です」

私の言葉を聞くや否や、「うん、僕も好き」と恍惚とした表情を浮かべて五条さんは再び私の唇に己のそれを重ねた。
明日の私がどうか無事でいますように、と思考回路が正常に機能しているうちに心の中でそう強く祈った。
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