連載IF。プロヒーロー設定。ちょっと卑猥。




風呂上りのアイスは至福だ。
少しだけ乾かし残しのある髪を後ろへ流し、邪魔になるのでリボンで適当に結い上げる。
冷凍庫を開けた名前は、数種類のアイスを見下ろしてうっとりと目を細めた。今日はどれにしよう、とこんなくだらない事で悩むのは嫌いではない。昨日はスティックタイプのアイスを食べたからと暫し悩んだ末、カップタイプのチョコチップアイスを取り出した。寝る前のアイスはどうにも止められない。
口の中にじんわりと広がる冷たさの奥から滲む甘さに舌鼓を打っていると、ピンポーンと訪問者を知らせる音がリビングに響いた。──こんな時間に来客とは。スプーンを咥えながら名前は眉間に皺を寄せる。しかしモニターに映った人物を確認するなり、名前はぱちりと目を瞬かせて来客者を迎え入れる為に玄関へと向かった。



***



コトリと、テーブルの上に水の入ったグラスが置かれる。良い感じに溶けた食べ頃のアイスを口に運びながら名前は目の前で大人しく水を飲む“元”生徒に視線を向けた。
学生時代よりも背が伸び、幼さの残る顔立ちから青年のそれへと変化を遂げた彼は頬を飲酒独特の赤へと染め、どこかぼんやりとしながらちびちびと水を飲んでいる。呆れより先にもうお酒が飲める年齢なのだと実感が先立って、小言のこの字も出てこない。時の流れとは早いものである。

ついこの前まで学生服に身を包んでいたように思われるのに、今ではメディアに取り上げられない日はないんじゃないかと思う程の活躍ぶりを見せている。
彼──轟焦凍は、立派なプロヒーローの一人だ。卒業しても未だ関わりを持ってくれる元生徒は何人も居るが、轟は群を抜いていた。それは名前の住んでいるマンションから轟の所属先の事務所が近いから、という理由からだろうと思っている。だからこうして酔い潰れた轟が夜分に突然訪問してきても名前は大して動じないのである。

「名前、さん」

掠れた声が彼女の名を紡ぐ。向けられたオッドアイの瞳が熱を孕んで潤んでいる。「お水のお代わり?」空のグラスを視界に収めて名前が問うと、こくりと首が縦に揺れた。
酔っ払った轟はいつも以上に甘えたがりだ。いつもいつも、つい甘やかしてしまうからそれもいけないのだろうと名前は自覚済だ。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを掴むと、その上から大きな手が覆いかぶさる。気配のないそれに名前は驚いて身を震わせた。くつりと耳元で笑い声がする。
──全く、ヒーローというのは本当に厄介だ。
完全に気を抜いていた名前が悪いと言えばそれまでだが、自宅くらい気を抜かせてほしいものだ。

重ねられた掌は冷蔵庫の冷気に当てられても熱いままだ。名前の肩に顎を乗せたまま轟は微動だにしない。ピピ、ピピッと冷蔵庫が開けっ放しを知らせる声を上げる。それに反応してか、ゆっくりと離れていった轟に思わずホッと名前は息を吐いた。元生徒であろうと、端正な顔立ちの異性が至近距離に居るというのは緊張するのだから仕方がない。
大人しく元の位置に座っている轟にグラスを渡して、名前はアイスを食べている途中だったと思い出す。食べ頃を過ぎてしまった溶けかけのアイスに少しだけ肩を落とした。
目の前いる天然冷凍マンに再冷凍してもらう手もあるが、相手は如何せん酔っ払いだ。加減を間違えて部屋ごと氷漬けにされてしまう可能性も無きにしも非ず。諦めて食べられる部分だけ掬い上げて口に含む事に集中している名前を物欲しげに見つめるその存在に気づけなかったのは彼女の落ち度だ。

「名前さん」

「ん、なに?」

「そっち、いきたい」

そっち、と名前の隣を差す轟に特に疑問に思う事もなく名前は一つ返事で頷いた。普段あまり表情を出さない轟は、酔っている所為か今だけは表情豊かだ──いつもよりは。序に欲望にも忠実だ。我慢をするという意思を感じられない。ギシ、と二人分の重みを抱えたソファが小さく鳴る。
思いの外近い距離に疑問を抱くも、名前はまあ酔っ払いだからと一人納得する。パーソナルスペースに見事入り込んだ轟はそれだけで満足する訳もない。
アイスを食べる名前の横で結い上げられた長い髪を手に取りすん、と鼻を鳴らす。

「…名前さん、良い匂いだ」

「んん?!」

ふう、耳元に吹きかけられた熱い吐息に驚いて、名前の口からスプーンが逃げ出す。床に落ちたそれに気を取られている隙に、しゅるりとリボンが解かれてしまった。
オッドアイの瞳の奥に宿るどろりとした欲に今更気付いたところで、逃げ道は疾っくに断たれていた。そこから先の轟の行動は早かった。
ぬるりとした舌が首筋を這う感覚で、漸く名前は我に返った。ソファに組み敷かれて名前は身動きが取れないでいる。片手は轟の指先が絡められており、個性も発動出来ない。
きゅう、と何かに耐えるように目を瞑る顔が、息を殺したように口から漏れる吐息が、轟の背中をぞくぞくと戦慄かせる。耳元に熱い吐息を吹きかければ、面白いくらい名前の身体が跳ねあがる。

「と、轟く…っ、やめ」

「…焦凍」

「ひ、あっ、なに、」

「名前、呼んでくれたら考える」

名前の反応を愉しむように、耳への愛撫を止めず、轟の空いた手がショートパンツから伸びる生足にぴったりとくっついて、そのままなぞるように上に動く。腰を緩やかに刺激して、Tシャツの裾から素肌へと忍び込んだ指先が悪戯に脇腹を撫で上げた。時折上がる押し殺した高い声がどれだけ轟を揺さぶっているか、名前は知らない。

「──っ、焦凍く、ん」

か細い声が望み通り名前を紡ぐ。胸の奥がじんわりとあたたかい。耳元を這う舌先を引っ込めて、まるでご褒美だと言わんばかりに轟はゆっくりと名前の唇を啄んだ。
催促するように舌先で唇と突いても、名前はその先への介入を許そうとはしない。

「…名前さん」

「は、っ…轟くん、だめ、」

「名前」

薄く開いた唇に容赦なく舌が入り込み、舌を絡め取る。耳元に響く粘着質な音が名前の体温を徐々に上げていった。は、と肩で大きく息をして頬を染めた名前は轟を見上げる。
「どうし、て」思わず漏れた言葉に、轟は目を細めた。意識をしてもらうまでこんなにも時間が掛かってしまった。懐いてくれる良い生徒から始まり、警戒されないようにゆっくりと時間を掛けてきた。家に上がらせてもらえる関係になるまで、まさかこんなにも時間を要するとは轟自身思ってもみなかった。何年もその身で燻らせてきた感情は止まる事を知らない。
脇腹を撫でていた指先が上へ上へと滑っていく。女性特有の膨らみへと触れたそれは、ゆっくりと円を描くように触れる。

「ふ、っぅ…っ」

「声、聞かせてくれ」

「焦凍く、…だ、めっ、あっ」

びくりと身体を震わせる名前は、ヒーローでも何でもない、只の女だ。対する轟も、今は一人の女性に夢中になっている只の男に過ぎない。頭の奥が溶けていくような感覚が廻る。何も考えられなくなって名前は与えられる快楽に抗う術もなく、享受するしかない。轟は、名前が折れるのを待っている。

目の淵に溜まった涙が一滴零れたのと、轟が覆いかぶさってきたのは同時だった。
予期せぬ重みに声を詰まらせて名前は自分の肩口に埋もれる横顔を確認する。先程まであんなにも熱を孕んでいた瞳は閉じられ、薄く開いた唇からは規則正しい呼吸音が聞こえる。
た、助かった、と名前は大きく息を吐いた。しかし意識のない成人男性というのは、想像していたより重いものだ。心身ともに追い詰められた名前に轟を起こす力は残っていなかった。そのまま気絶するように名前も目を閉じ、意識を手放した。

それから数分、轟はパチッと目を開けて上半身を起こす。その下で起きる気配なく眠る名前の頬をなぞり、息を吐く。
最初はほんの少し意識してもらえたらと思う悪戯心だった。しかし名前の余りにも無防備な恰好──自宅なのだから当然なのかもしれないが──を見て、歯止めが利かなくなったのが現実だった。
普段とのギャップが激しすぎる。いつもあんなにカッチリと隙など与えてくれない彼女と比較してしまうと心が揺らぐのも無理はない。
最後まで強引に事を進めなかったのは評価に値する。据え膳食わぬ、とはよく言ったものだが、彼女なら酒の勢いだったと誤解されかねない。

はあ、と再び息を大きく吐き出して、落ち着きを取り戻した轟は眠る彼女を抱え上げた。
寝室へと運びながら、すやすやと腕の中で眠る愛おしい人へと視線を落とす。
轟焦凍という人間を“元”生徒から“男”へと意識を変えた苗字名前は、一体どんな反応をくれるのだろう。残念ながらもう逃げ道は残されてはいない。
じわじわと外堀を埋められていた事に気付けなかったのだから、彼女は諦める他ない。今度指輪でも買いに行こうかと、轟は一人思案するのだった。
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