「……ちっ」

何度目か分からない舌打ちを漏らしてスクアーロは視線を手元からドアへと向ける。先程からドアの外の気配にばかり気がいってしまって剣の手入れはちっとも捗らない。
どのくらい時間が経過したのか、時計を気にしなかった彼は正確には把握していないが数分ではないのは確かである。外の気配は一向に動く様子を見せない。ちらりと時計を見れば、時刻は午前3時を過ぎており、こんな時間にこの部屋に訪れる人間は限られている。トントン、と指が無意識に膝の上で一定のリズムを刻む。
「ゔお゙ぉい」──とうとう我慢出来なくなって、スクアーロはドアを睨み付けた。


「いつまでそうしている気だぁ?」


返答はない。しかしドアの向こうで“それ”は確かに反応を示した。元々気が長い方ではない彼は苛々が限界に達したようでツカツカと靴音を鳴らしながらドアへと歩み寄り、乱暴にドアを開け放った。
「……っ」と枕を握り締めて名前は息を呑む。目の前に居るスクアーロは眉間に皺を寄せて名前を見下ろしている。用件は何だ、と口には出していないが目が言っている。強張る表情に無理矢理笑顔を貼り付けて、名前は声を絞り出した。

「えっと…こんばんは……スクアーロ」


眠れない


コト。申し訳なさそうにソファに腰を沈める名前の目の前に一つのマグカップが置かれた。湯気の立つマグカップの中は真っ白。火傷をしないように息を吹きかけて、一口。甘くて優しい温もりが全身に広がった。眉間に皺を刻みながらも名前好みの甘さにしてくれる気遣いを見せる彼は外見に反して随分優しい。

「……美味しい」

「それ飲んだらとっとと自分の部屋に戻れぇ」

乱暴に名前の隣に腰を下ろして足を組みながら彼は言う。彼は、優しい。部屋に押し入った名前を追い返す事もなく、こうしてホットミルクを出して時間を作ってくれる。彼女も気づくべきなのだ。自分が彼の優しさを与えられる唯一の人間である事に。

「………」

「………」

沈黙が続くがそれは決して重苦しいものではなかった。スクアーロは剣の手入れを再開し、名前は黙ってそれを眺めている。握り締めたマグカップはまだ半分ほど中身が残っていた。

「蜂蜜…入れてくれたんですね」

「お前それ好きだろぉ。んな甘ったるい飲み物のどこがいいのかオレには分からねえがなぁ」

視線は手元へ向けたまま、スクアーロは“甘ったるい飲み物”を思い浮かべてしまったのか苦々しい顔をする。それにふふっと笑い声を漏らして、また一口、ホットミルクを飲んだ。
くあ、と無意識に出た欠伸を噛み殺して軽く目を擦る。全身がぽかぽかとして気持ちがいい。その様子に気がついたのか、スクアーロが顔を上げた。マグカップを握る手に触れれば、まるで子供のように体温が高い。頭がぼーっとする。「名前」そう囁く彼の声が遠く聞こえる。

「ゔお゙ぉい……寝るなぁ」

「寝ません…」

「今にも寝そうになっているヤツが何言ってやがる」

気まぐれに髪を梳いてやれば、名前は気持ちよさそうに目を閉じる。こてん、と小さな衝撃が走って名前の頭がスクアーロの肩に寄りかかる。規則正しい寝息と共に上下する胸。結局寝るんじゃねえか、とスクアーロは胸中思うが起こす素振りは見せない。
空っぽになったマグカップを名前の手から抜き取ってテーブルに置き、スクアーロは名前を抱きかかえてベッドへ向かった。揺らしても名前が起きる気配はない。

「暢気に寝やがって」

「………」

「抱き枕くらいにはなってもらうぜぇ?」

スクアーロの腕の中で、名前は幸せそうに口元に弧を描く。それを見下ろして彼は静かに瞳を閉じた。
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