恭弥くんと出会ってもうすぐ二週間になる。
今日、ついに包帯が取れた。切り傷は瘡蓋になり腫れていた患部は完治目前。痛みを感じる事は殆どないだろうと思う。
「良くなったね」と恭弥くんに微笑みかければ彼にしては珍しく「そうだね」という返事が返ってきた。彼はボーっと虚空を見つめ上の空と言った感じだった。一体どうしたのだろう。

「恭弥くん?」

「なに」

「…どうかした?」

「……何がだい?」

「なんか、ボーっとしてる」

「………」

ふい、と意図的に視線が逸らされた。答えたくない、ということだろう。ならば私はこれ以上踏み込むような真似はしない。救急箱を定位置に戻そうと立ち上がった私は「くだらない」と吐き捨てるように呟いた彼の独り言を聞き取る事は出来なかった。


Friday


嗚呼、今日も寒い。ぴゅう、と吹き抜ける風にぶるりと身体を震わせる。早く暖かくならないかな。
今日の夕飯は鍋だ。手に持った買い物袋から覗く大根やら長ねぎを見て思わず笑みを漏らす。恭弥くん、もう帰っているかな。鼻唄交じりに上機嫌で歩く私を周りの人は不思議そうに見る。
ぶんぶんと上下に買い物袋を振り回すように揺らして歩いていると、突然腕が誰かに掴まれ反対方向に引っ張られた。意に反したそれに危うく転びそうになるが、既の所で踏ん張ってなんとか回避した。一体何事かと振り返れば呆れたような顔をした恭弥くんが立っていた。

「あれ、恭弥くん?」

「いい歳した大人が、周りも顧みず何やってるの」

どうやら先程の浮ついた態度をばっちりと見られてしまっていたらしい。恥ずかしいなあと苦笑する私を彼は眉間に皺を寄せて「まったく…」と呟く。ああ、まただ。折角綺麗な顔をしているのに最近の恭弥くんは眉間に皺を寄せてばかりいる。溜息も多い。
「幸せが逃げちゃうよ」と、その原因の殆どが私であると分かっていながらのその発言に、我ながら性格が悪いと認めざるを得ない。

「意味分からないこと言ってないで、さっさと帰るよ」

「うん。あ、今日鍋だよ」

「…貴女の事だからどうせ寒いからとかそういう理由なんでしょ?」

「凄い大当たり!」

はあ、とまた一つ溜息が聞こえる。気がつくと買い物袋は恭弥くんが持っていた。いつの間に、と思いながらそのままスタスタと歩き出してしまった恭弥くんを慌てて追いかける。

「きょ、恭弥くん!一つ持つよ!」

「いい」

「でも重いよ?」

ぴたりと恭弥くんが立ち止まる。如何したのだろう、と思うより早く彼が振り向く。不機嫌そうに顔を顰めて「子ども扱いしないでくれる」と不満を露わにする。
その言葉にどきりと心臓が跳ねた。

「貴女は一体僕をいくつだと思っているの?」

「え?」

「僕は、名前が思っている程子どもじゃないよ」

彼の、真っ直ぐな視線が私を貫く。小さな子どもではないのだからこんな荷物くらい持てる。彼の言葉を私の頭はそういう意味に変換し解釈する。しかし、彼のその言葉は違和感と共に私の胸に深く突き刺さった。頭では納得している筈なのに何故か別の意味も含んでいるような、そんな気がしてならない。矛盾している。
ざわざわと胸の内を這う不愉快且つ不安定なその感覚を無理矢理押し込んで、私は困ったように笑って言葉を紡ぐ。

「ごめんごめん。人に荷物を持ってもらうことなんてあんまりないからつい…」

三歩ほど前に立っている恭弥くんを追い抜かして私は「さっ、帰ろう?」と実に自分勝手な言葉を吐きだす。ぴゅう、と寒気を含んだ強い風が吹く。その音に紛れて、彼の声が鋭利な刃物となってグサリと刺さった。

「ずるいね」

たった一言。その一言が凶器となってズブズブと入り込んでくる。前を歩いているのは私だから、彼は私が今どんな表情をしているのか分からない。それが唯一の救いだった。面と向かって言われていたら多分、誤魔化すことなんて出来なかった。

「ん、恭弥くん何か言った?」

マフラーを押さえ、何処までも卑怯な私は風によって弄ばれる自分の髪を見ながらワザとらしく聞き返す。「何でもないよ」と、彼が返してくるであろうその返答を分かっている上で言うのだから、私は彼が言うように狡い人間だ。嗚呼、本当に私は──。
自分に向けて漏らした小さな嘲笑も情けないほどに歪んだ顔も、きっと彼は気付いていない。それでいい。
どうか、このまま──

終わらせて

金曜日、それは懇願にも似た、
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