困ったなあ、とその一言に尽きる。今朝のニュースでやっていた天気予報は晴れ時々曇り。ところによっては雷を伴った雨も、なんて言っていたような気がしたけど、まさかその“ところ”が並盛とは──。

ぽたりと前髪から滴が零れ落ちる。少しくらいなら濡れても良いかと思ったものの、降り出した雨はあっという間に手がつけられない程の大粒になってしまってコンクリートに跳ね返る始末。慌てて屋根のあるところまで戻ってきてこのザマだ。完全なる濡れ損。
幸い残暑の名残のお陰で多少雨に打たれたところで身体が冷える事もなく、ただ湿気が凄い。折り畳み傘くらい鞄に忍ばせておくのが立派な社会人なのかもしれないが用意の悪い私は、ただただ自己嫌悪に浸る。
勢いのよい雨ほど長くは続かない。タクシーは突然の雨のお陰で大行列、鞄を傘代わりにしたり諦めて濡れ鼠になる人に混じる気は起きなかった。きっと三十分もしないうちに止むだろうと経験からそうアタリをつけて、私はひとり大人しく雨宿りをする事にした。
鞄の中に入れていたスマホが振動する。何事かと慌てて取り出すと表示された着信相手を見て私はすぐに通話ボタンを押した。

「もしもし?」

「今どこ」

「商店街の、本屋さんの隣の──」

「分かった」

ブツリ。一方的に切られてしまった電話に怒りは湧いてこず、寧ろあの子らしいと小さく笑う。チャットアプリでも良かったのではという内容だが、この雨では気付けない事を見越しての電話だったのだろう。余計な事を言わずに用件のみ伝えるところが、本当に恭弥らしい。
もしかしたら、迎えに来てくれるのかも。恭弥が意味のない事をしないのをよく知っている私はここぞとばかりにそう自惚れる。
通話から五分程度、遠くから歩いてくる黒い傘を目にして私は目元を緩める。ありきたりのシンプルなそれは誰でも持っていそうなものだけど、生まれた時から一緒に過ごしている弟を、私は見間違えない自信がある。

「なんで濡れてるの」

「濡れちゃった」

質問の答えになってないそれを返し、困ったように笑う私を恭弥が呆れたように見て溜息を吐く。ポケットから出されたハンカチが私の濡れている髪を優しく拭った。ふわりと香る柔軟剤に混じって、お日様のような匂いがする。
ぐい、と腕を引っ張られて黒い大きな傘の中に強引に招かれる。恭弥の持つ傘はそれだけで、もしかしたら出掛けた帰りだったのかもしれない。この雨の中態々迎えに来てくれたのなら本当に申し訳なかったので、気持ちが少し楽になった。

「恭弥、ありがとう」

返事の代わりに、真っ直ぐ前を見ていた切れ長の瞳がこちらを一瞥した。
ふと見ると、恭弥の肩が濡れてしまっていた。傘は雨から私を庇うように傾けられていて、今もポタリと落ちた水滴が彼の服をそっと濡らしている。

「濡れちゃってるよ」

「これくらい平気だよ」

「でも、」

言葉を続けようとした私を遮り、恭弥の手が私の肩を引き寄せる。「これならいいでしょ」私と恭弥の間に出来ていた僅かなスペースが埋まり、ちらりと目線を向けると確かに、もう肩に水滴は落ちていなかった。
肩に触れている手が大きくてあたたかい。私の方がお姉ちゃんなのに、恭弥の身長は私の頭ひとつ分大きい。傘で顔が隠れてしまっている私たちは、傍から見たら恋人同士に見えたりして、なんて馬鹿らしい考えが過ぎってしまった。
彼氏と相合傘ってこんな感じなんだなあと思った私は、つい信号待ちで恭弥の肩にこてんと頭を乗せてしまった。ぴくりと私の肩を掴む指先が僅かに動いたのを感じて慌てて姿勢を正した。「ご、ごめん」気持ち悪いと思われたかもと不安になったが、恭弥は前を向いたまま何も言う事はなかった。
不意に指先が私の頬に触れた。「冷たい」自分では気にしていなかったが、ムッとした顔でそう言った恭弥は少しだけ歩くスピードを速めた。

「帰ったらシャワー浴びなよ」

「うん」

手の掛かる姉だと思われているんだろうな。それでも、姉弟仲は決して悪くはないと思っているので、この関係がこの先も続けばいいなと降り続ける雨をぼんやりと見ながらそう思った。
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