「行儀が悪いよ」と言われて、私はやっとぼんやりとしていた思考から脱した。伸びてきた手が私の口からストローを引き抜く。「あ、」先端が潰れたストローは歯形がついてボコボコとしている。それをやったのは紛れもなく私で、途端恥ずかしさが込み上げる。

「で、何考えてたの」

「え」

「姉さんの悪い癖だよ」

からん、とコップの中の氷が音を立てる。言っていいものか否か。でも自分で考えても答えが出なかったから、恭弥に相談してみるのも一つの手かもしれないと思った私は、目を通していた出席簿を傍に置いて聞いてくれる様子の彼の言葉に甘える事にした。

「誰かと付き合うって、どんな感じなのかなあって」

「…は?」

思いの外冷たい単音ひとつが返ってきた。途端言ってしまった事を早くも後悔する。幾ら比較的仲の良い姉弟と言えども成人済みの身内の色恋沙汰など興味の欠片もないだろうに。詰まらない話を切り出してしまって恭弥に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「あ、ごめんね。今のナシ」

「…ちょっと待って」

ソファから立ち上がって部屋に戻ろうとした私の腕を恭弥が掴んで引き止める。その力が存外強くて、私は大した抵抗も出来ずに弾力の良いソファに再び腰を下ろす事になる。
「どういう事なの」切れ長の瞳が剣呑な色を宿し、ごくりと喉が鳴る。あまりに下らない話題だから怒らせてしまったのか、最後まで言い切らない態度に怒っているのか──両方か、と恭弥の態度に納得をした私は事の顛末を簡略的に伝える。

「職場の人にね、付き合って欲しいって言われたんだけど」

「……」

「私…その、今まで恋愛経験とかなくてね。もしお付き合いしたとしても何をどうしたらいいのか全然想像つかなくて」

実の弟に恋愛経験無しを告白するのがこんなに辛く惨めな気持ちになるとは思わなかった。でも事実だから仕方がない。二十歳にもなって可哀想にとか思われていないといいな。
そういう意味では社会勉強という事でお付き合いしてみるのも良いのかもしれない。ふとした拍子に最適解を見つけてしまった私は、けれどそれを口に出す前に恭弥にキッパリと言い切られる。

「やめておいたら」

「え?」

予想外の返答にキョトンとする私を横目に恭弥は表情を崩さずに淡々と告げる。

「職場恋愛は姉さんには向いてないよ。すぐ顔と態度に出るし、きっと周りは見ていていい気分はしない。職場は働くところであって恋愛する場所じゃないからね」

「た、確かに…」

「もし別れたら?引き摺らずに今後もその人と仕事をしていける?」

そこで考えてしまうようなら初めから職場恋愛などやめておいた方が良いと恭弥は続けた。いつになく饒舌な恭弥に押されてしまった部分はあるが、尤もな意見だと私は頷く。告白されて舞い上がってしまっていたのも否定は出来ないし、恭弥のお陰で冷静になれたから相談してみて良かったと思う。
「明日にでも丁重にお断りするね」と言うと「それがいいね」と私の髪を手で梳きながら柔らかな口調で恭弥は言った。

「ところで、その人ってどんなひと?」

それから一週間後、私に告白してくれた人が辞表を提出した事を人伝に聞いた。元々辞める予定だから告白してきてくれたのかなとも思ったが、連絡先も知らないしお断りしてしまった後なのでもうどうする事も出来ない。
×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -