「どう、美味しい?」

目の前で頬杖をついて嫣然とした笑みを浮かべる五条さんを見つめながら私は美味しいと何の捻りも加えずに鸚鵡返しで答えた。スプーンを銜えながらこれで何度目のやり取りなのだろうと意味のない事を考える。
五条さんがくれた物で美味しくなかった事など一度としてない。自他共に認める甘党が選ぶ品に狂いはないのだろう。かく言う私も五条さんに及ばずとも甘いものは好きな部類で、彼はコンビニスイーツから一見さんお断りのような老舗の和洋菓子店まで幅広く手を出している──手が出せる──人なのでこうして時折お零れに預かれる事は素直に嬉しい。今手の中にある何の変哲もないオシャレな小瓶に入ったプリンも実は一日限定三十個の某有名店の代物であるのだが、差し出された箱の中にはそれが六つも入っている。何の苦労もなくこうして食べている事に罪悪感すら抱いてしまう程入手困難なものだ。ただでさえ多忙な人なのに一体どうやって購入したのだろう。

グルメリポーターのような語彙力はないのでいつも感想を聞かれても「美味しい」としか答えられないポンコツな私ではあるが幸いにもそれを五条さんに責められた事はない。「そっか、良かった」と今みたいに至極嬉しそうにそう返してくれる。普段している目隠しを取って緩やかに目を細められてしまうと、その眩暈のしそうなくらい整った顔立ちに途端に心臓がドキドキと煩くなってしまうのは最早自然現象に近い。ソファで足を組んでいるだけで絵になるから不思議だ。

「五条さんはどうしていつも私に色々とくれるんですか?」

「んんー?」

やっと自分も手を付ける気になったようで長い指先が箱からプリンを一つ攫っていく。曖昧な相槌を打ってプラスチックのスプーンを薄氷のように綺麗なカラメルに容赦なく突き刺す。のんびりとした動作でそのまま口へと運ぶ五条さんが私の質問に答えてくれる気配はない。今までにもそれとなく何度か訊いている事だが、一度として納得するような返答を貰った事はない。いつものらりくらりと躱されてしまう。
私が知る限りでは五条さんが誰彼構わずにこうして手土産を振舞っている様子はなく、その真意を測り兼ねているのが現状だ。ただ単に甘味好き同士の「美味しい」の共感の為に善くしてくれているのか、それとも──。こればかりは五条さんに訊かないと解らない。

「知りたい?」

「は、はい」

てっきりもう終わったものだと思っていた話は五条さんにとってはそうではなかったようで、私は不意打ちとも取れるその問いかけに淀みながらも肯定する。ふーん、とプリンを食べる事は止めずに何処か試すように瞳を煌めかせて、質疑応答は続けられる。

「どうして?」

「五条さんは、みんなに“そう”しているようには見えないので…」

「自分だけって事には気付いてたんだ?」

「えっ、あ…っ!自意識過剰ですみませんっ」

「んーん。間違ってないよ。僕が“こう”してあげてるのは君にだけ」

「何故でしょう?」ここで問題です!と先頭に置いてから告げられたその問いかけに私は即答する事が出来ない。単に気に入られているから、と大きく出ても良い場面だろうか。…いや、やっぱり烏滸がましい。
行儀悪くスプーンを銜えたまま小さく唸る私を五条さんが最後の一口を食しながらじっと見つめてくる。まるで飲み物みたいだと二個目に手を伸ばすのを見ながらこれまた在り来たりな感想を思い浮かべると「降参?」と助け船が出された。これ以上悩んでも仕方ないので素直に頷くとするりと伸びて来た指先が自然な動作で口に含んだままのスプーンを抜き取り、食べかけの私の小瓶から緩めのプリンを掬い上げて私が声を上げるより早く五条さんはそれをぱくりと食べてしまった。
「こっちのミルクプリンも美味しいねえ」あまりにも衝撃的過ぎて情報処理が追い付かない。

「え、あ、それ、私の…」

「僕はさ、君とこーゆー事がしたいってコト」

こういう事ってどういう事だ。核心に触れないのは絶対にワザとだと思う。揶揄われているにしては質が悪く、好意を持たれていると確信するにはまだ判断材料が不足しているように感じる。ここ一番のモヤモヤを感じながらも、頬だけは五条さんの期待させるような言葉に翻弄されて熟れた果実のように色付いているのが自分でも解る。

「プリンは好き?」

「…好きです」

「僕も好き」

「……?」

今更な問いかけと含みのある物言いに私は混乱を通り越して冷静になりつつあった。これは前者、遊ばれている可能性が高い気がする。
大きな手が子どもをあやすみたいに頭部を何度も往復して時折髪を梳いていくのが擽ったい。元々五条さんとはそこまで話す間柄ではなかったのだが、ふとした事がキッカケで一緒にお茶をするうちにすっかり距離が近くなってしまった。嫌われているよりはずっといいが、これはこれで人に見られると恥ずかしいので困りものだ。
物思いに耽っているのを全く意に介さず、五条さんが三個目のプリンを開封していた。味の感想に気の抜けた相槌を打ちながらカラメルの代わりにイチゴソースが乗っているそれをぼんやりと見つめた。

「…って事で、僕たち付き合わない?」

「そうですね…え?」

何度目かの同意を返した後、内容が時差で頭に入ってきた時にはすべてが遅かった。「って事で」ってなんだ?プリンの話からどこをどうして付き合う話に?……え?
鳩が豆鉄砲を食ったように呆けた顔を向けた私を「言質取ったからね」と五条さんが念を押す。ここまで来るの、ホント大変だったな〜という沁み沁みとした彼の独り言の意味も分からずに化石のように固まったままの私の頬に五条さんは機嫌よく唇を寄せた。
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