ガチャリという軽快な音と共に出て来たのは死んだような目をしてどんよりと重い気を纏う男だった。ドアノブを掴んだまま寄りかかるようにぐったりとする様に思うところがない訳ではない。

「お加減は如何ですか?」

「見て分からない?」

具合が悪いのか不機嫌なのか判断し兼ねる絶妙な声色で五条さんが唸った。平気で質問を質問で返してくるのは実に彼らしいが、いつもと違って覇気がまるでない。いつもより頭一つ分小さく見えるのは高熱から来る関節痛で背筋が伸ばしきれないからだろう。
私を招き入れるなり覚束無い足取りで寝室へと一直線に向かう五条さんの後をのんびりと追いながら途中キッチンに立ち寄って新品同様の果物ナイフと平皿を一枚拝借する。一応ノックしてから寝室のドアを開けるとベッドがこんもりとしていて場違いにも笑いそうになってしまった。大きな体躯を丸めてブランケットに包まる五条さんは薄っすらと目を開けて私の存在を確認した。熱に浮かされた瞳はとろんとしていていつもは色の出ない頬が桃色に変化している。
サイドテーブルにナイフ、平皿、買って来た林檎を出しながら私は遠慮なくこの前の仕返しを決行する。

「馬鹿でない事が証明されて良かったですね」

「それ、絶賛病に侵されて苦しんでる恋人に対して掛ける言葉?」

「私は忠告しましたから」

自業自得ですと突き放すような言葉の後に「林檎、擦り下ろしましょうか?」と優しく聞く私も中々だと我ながら思う。そのままでいいという返答は少し意外だったが、食べられなさそうだったら擦り下ろせばいいだけの事、それは苦でも何でもない。

「じゃあ兎さんにしておきますね」

「うん、兎さんがいい」

良い年をした成人男性の口から零れた可愛らしいワードに思わず頬が緩む。弱っている五条さんを見るのも悪くはないかもしれない。然程時間も掛からず平皿に乗せられていく兎たちを枕の下に手を突っ込みながら大人しく待つ五条さんに実年齢よりも若い印象を抱く。
「食べさせて」とここぞとばかりに甘える姿を突っぱねきれないのは惚れた弱みか。摘まんだ兎を口元へと持っていくとシャク、と小気味好い咀嚼音が静かな寝室に響く。固形物を食べられるなら良かった。キッチンに寄った序に冷凍庫にアイスも入れておいたから後で教えてあげよう。
一口分残った林檎を口へ放り込もうとした指は伸びて来た大きな手に手首ごと掴まれ引き寄せられる。食べる序にいつも以上に熱を持った舌が指先を掠めていった。ざらりとした感触にぴくりと指が揺れる。

「ね、もっと」

「わかりました」

努めて平静を装ってはみたが通用したかは分からない。強請りながら唇を舐める舌先に見てはいけないものを見てしまったような、どうしようもない厭らしさを感じて胸がざわつく。無意識なのかワザとなのか──どちらにしろ質が悪い。
軈て満足したのかふうと大きく息を吐き出した五条さんが気怠そうにサイドテーブルに置かれていた薬と水を指さした。

「飲ませて」

市販薬で果たして効くのか疑問ではあるが、独り身が病院へと足を運ぶ煩わしさは解らないでもないので敢えて何も言わず小瓶から錠剤を二粒出して五条さんの口に突っ込んだ。ペットボトルキャップを外し五条さんの首の下に手を差し込んで一気に引き上げるとム、と不満そうに眉間に皺が寄った。素知らぬフリを貫いて零さないようにだけ注意して口元へペットボトルを宛がえばごくりと喉が鳴った。

「…そこは口移しでしょ」

「夢見過ぎですよ、今時ドラマだってそんな事してません」

キャップを閉めてテーブルへと置き、そのまま五条さんから離れようとした私は相手が病人だからとすっかり油断していて、肩に回された手と込められた力に抗えずベッドの中へと呆気なく引き摺り込まれた。背に柔らかな感触、至近距離で私を見下ろす五条さんの灼け付くような眼差しに息が詰まる。鼻孔を擽る嗅ぎ慣れた匂いに眩暈を覚えた。
「な、なに、をして」動揺から上擦った声を上げた私に五条さんが目を細めて笑う。思ったより元気そうに見えてその実、矢張り身体はそこそこ辛いようでいつもよりも体重が掛けられて息苦しさを感じる。だからこそ余計に抜け出す事が困難でどう切り抜けるか考えあぐねる私を他所に、五条さんの熱い手が服を捲る。

「い、いた、致しませんよ!」

「ふふ、何その言い方。オマエにその気がなくても僕はシたい」

「だめです!さっき飲んだのは風邪薬じゃないんですか?!」

「カワイイ恋人を前にお預けさせるなんて中々悪趣味だと思わない?」

ね、ダメ?と囁きかける五条さんは熱の所為かいつもより五割り増しで色気が滲み出ていて心臓に悪すぎる。めげずに説得を試みようと開けた口に五条さんは容赦なく噛みついてきた。
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