熱に浮かされる、とは正にこんな状況を言うのだろうなと意識の覚醒と共に働かない思考の中そう思った。
寝込む程に体調を崩したのは久しぶりだった。何か食べようにも起き上がるだけで倒れそうな程の視界の揺れにそれどころではない。トイレに行く序に何とかスポーツドリンクを一本キッチンから持ってきたがそれも寝ている間にすっかり生温くなっているだろう。
身体中の至る所が熱いのに、何となく背筋が冷える。ぞくぞくとした不快感に今が熱のピークなのだろうかと重苦しい息を吐く。
寝返りを打ったところで私はベッドの縁で両手を組んで顎を乗せてじっとこちらを見つめる不法侵入者と目が合った。にこ、と一般女性なら卒倒しても可笑しくないくらいの完璧な微笑みを向けてきたそのご尊顔に反射的に手が出た。

「えっ、こわ!ってか全然力入ってないし、ホント体調悪いんだね。ウケる」

「……寝首を掻きにでも来たんですか」

「お見舞いに来たに決まってるじゃん」

「招き入れた覚えはありませんが」

「まーまー、細かい事は気にしないの」

一発ぶん殴るつもりで振り上げた拳は呆気なく捕まえられ、そのまま戯れに指が絡む。にぎにぎと好き勝手に触れるそれを振り払える余力が今の私にはない。
急に起き上がった自分が悪いのだが、遅れてやってきた眩暈に耐え切れずぐらりと身体が傾いた。倒れたところで此処はベッド、痛みという痛みはないだろうと心配はしていなかったが大きな手が私の背中に回って引き寄せるように受け止められた。はあ、と大きな息が零れる。身体が重い、苦しい、辛い。

「あっつ!」

「…冷たくて気持ちいい」

「ああ、手?」

「ん、」

「はは、相当参ってんね」

いつもこんなに素直ならもっと可愛いのに、なんて失礼極まりない言葉は心地良い体温に免じて聞き流そうと思う。
頬に触れる五条さんの大きな手は余分な私の熱を吸い取ってくれて、只々気持ちが良い。もっと、と思わず猫のようにその手に擦り寄る。
起き上がっている体勢が辛くて私は身体の力を殆ど抜いているというのに五条さんはビクともしない。曝け出されているアイスブルーの瞳が優しく細まり、こつんと軽く額同士が触れ合う。

「風邪、うつっちゃいますよ」

「僕そーゆーのと縁がないんだよね」

「無限ってウイルスにも有効なんですか?」

「さあ、検証した事はないけどね。ただ単に僕が丈夫なだけかもよ?なんてったって最強だし」

「…まあ、何とかは風邪ひかないって言いますしね」

「今すぐ此処でどうにかしてあげようか?」

耳の後ろをなぞる指先が私を優しく脅してきた。それから逃れるように私は緩やかな拘束から抜け出して再びベッドに背をつける。氷枕がゴロっと鳴った。
「鬼畜の極みですね」想像するだけで意識を失いそうだ。「大丈夫、そうなったら最後まで責任持ってお世話するから」冗談めいた軽口の癖に目は結構本気だから怖い。
私としては早くこんなウイルスの温床から撤退してほしいところではある。私のようなヒラ術師が使い物にならなくなるのと、現最強術師のそれでは話の次元がまるで違う。せめて術式くらい発動したままでいてください。諸々考えると空っぽの胃が痛い。

「何か食べる?」

「…今は、なにも」

「そっか。じゃあもうちょっとしたら何か胃に入れようね」

長い指先がゆっくりと髪を梳く。慈しみが感じられるその行為に心身共に弱っているからか呆気なく絆されてしまった私は熱い手を五条さんへと伸ばした。嫌がる素振りは一切なく当然のように繋がれたそれに心が満たされていく。

「まだ、居てくれますか」

「うん。治るまで居てあげる」

「…そこまでは、いいです」

移してしまうのは嫌、離れてしまうのも嫌。帰って欲しい、帰って欲しくない。私の心の中は今物凄く面倒臭い事になっている。
「病人が余計な事を考えるんじゃありませーん」潤んだ視界の中、布団を引き上げてくれた五条さんの声がすぐ近くで聞こえる。

「早く寝な。起きたら沢山看病して、沢山甘やかしてあげるから」

「いつも…五条さんは優しい、です」

「オマエは僕の特別だからね」

瞼を閉じて熱い吐息を零した合間に聞こえたその柔らかな声に包まれながら私はそっと意識を手放した。
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