一体この行為に何の意味があるのだろうと疑問を抱えつつ、私はただ言われた通りに口の中に突っ込まれた太い指に舌を絡ませている。舌先で軽く爪を突くと戯れるように爪が立てられた。ぐ、とくの字に指が曲がり歯の内側を無遠慮に触られ、衝撃で口の端から唾液が零れ落ちそうだったので慌てて己のそれを嚥下する。ごくりと喉の鳴る音がやけに大きく聞こえ、目の前でじっとそれを見続けている夏油さんの瞳が薄っすらと開かれた。
「上手じゃないか」にこにこと満足そうに笑いながら夏油さんからお褒めの言葉を貰ったが正直ちっとも嬉しくはない。勘違いして欲しくはないが、これは私が自主的にやっている訳でもこの状況を悦んでいる訳でもない。──誰だって額に拳銃を突きつけられたら命が惜しくない限りは大抵のお願いは聞くだろう。つまりはそういう事だ。

「私を前にして考え事とは、随分余裕そうだね」

一発サービスしようかと爽やかな雰囲気で言い放つその言葉に背筋に冷たいものが走った。ぐりぐりと銃口が額を抉るように押し付けられこれは絶対に跡がついているとげんなりとするが文句を言う度胸はない。私の体温が移ってしまったのかすっかり人肌に馴染んでしまったそれがオモチャではない事を私は嫌という程知っている。
引き抜かれた私の唾液に塗れた人差し指をぼんやりと見つめながら呼吸を落ち着かせる為に大きく息を吐く。無言で答えを要求してくる彼に私は「夏油さんの事を考えていました」と模範的に言う。「そうか」と短く返された言葉に一体どれだけの感情が籠められているのか付き合いの浅い私には分かり兼ねる。

「ほら、口を開けて」

「んんんっ」

拳銃をテーブルの上に置いて私に迫ってきた夏油さんが逃がさないとでも言いたげに私の顎を掴む。言われた通りに口を「あー」と開けるとそこに夏油さんの右手、人差し指から薬指までの三本を縦にして宛がわれた。辛うじて指先が入るくらいでもしこのまま三本突っ込まれたら間違いなく顎が外れる。これは一種の拷問なのだろうか。内心恐々としている私の心情を知ってか知らずか「んー」と夏油さんは悩ましい声を上げながらこてんと首を傾げる。

「やっぱり小さいね。…これだとちょっとキツいかな」

「ん、…?」

「最初は苦しいだろうけど、少しずつ慣らしていこうね」

ゆるゆると頬を滑るように触れる優しい手つきとは裏腹に不穏な色を含んだ言葉に身体が強張った。試すように私を見つめる瞳に乗っかってはいけない。「それ」がどういう意味なのかを口にした瞬間恐ろしい事が起こる気がする。
ギシ、と革張りのソファが上げた悲鳴で夏油さんの膝がそこに乗り上げた事を知る。柔らかく紡ぐ言葉も仄暗い色を宿す瞳も纏う雰囲気すら本心を巧みに隠している癖に、ふとした時にそれが意図的に緩む事がある。そんな時は要注意だ。因みに正に今がその時でじっと私を見下ろす瞳が何を考えているかなんて分かりたくはない。垣間見える感情には気付かぬフリを貫くが吉だ。
ぐぐ、と第一関節くらいまでが咥内に侵入してくる。多少の加減はされているものの、指一本の時とは比べ物にならないくらいの圧迫感に嘔吐きそうになるのを必死で抑えると目に薄い膜が張った。万が一吐きでもして夏油さんのスーツを汚したらそれこそ一瞬で穴だらけにされる。死は免れたとしてもいい歳をして人前で吐いた精神的ショックに耐えきれる自信もない。
ぐず、と鼻を啜ったのと同時に軽いノックと共に夏油さんの部下の人が入ってきた。──あ、助かったかもなんて甘っちょろい考えが一瞬でも過ってしまった事を深く反省したい。

「……誰が入っていいって言ったかな?」

「ひっ…も、申し訳ありません!ですが急を要する案件でして、」

「“ですが”?君はいつから私に口答えする程偉くなった?」

一瞬で私を解放した夏油さんの声色に心臓が軋む。まるで鋭利なナイフを首元に突き立てられているようだ。確かな殺気を帯びたその声色は私に向けられたものではないのに恐怖で指先から体温が急速に逃げていく。テーブルに放置されていた拳銃を滑らかな動作で取り上げた夏油さんのスーツの裾を咄嗟に掴んだ。

「げ、夏油さん」

「ごめんね、すぐに片付けるから」

「あの!夏油さん!」

片付けるという言葉の意味を深く理解したくなくて自分でも驚く程の声量が飛び出した。少しだけ目を丸くした夏油さんが小さく首を傾げる。突然大声を出した事にどうやら怒ってはいないようだが、まだ拳銃は握ったままだ。何とかして血腥いルートを回避しなければとそればかりが頭の中を巡った。

「チョコが、」

「チョコ?」

「チョコレートが食べたいです…っ!」

カッと目を見開いて菓子を強請る私を見た夏油さんは次の瞬間ぶはっと吹き出したかと思うと軽く口元を押さえ肩を震わせた。場違いにも程がある発言だが、見事に彼のツボを突いたらしく殺気が収まった。
「ん、いいよ」再びテーブルの上に放り出した拳銃を横目にホッと息を吐く。ちらりと目配せをした夏油さんの意を汲んで慌てた様子で退出していった部下の人の足音が遠退いていく。

「頑張った子にはご褒美をあげないとね」

「あ、ありがとうございます」

ゆるゆると撫でられる頭の心地良いぬくもりに絆されそうになる。果たしてこれでいいのかという尤もな疑問は目の前で微笑む人には決して悟らせてはいけないと私は心に強く誓った。
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