自分が呪術師に向いていないと結論付けるまでにそう時間は掛からなかった。

私の術式は一時的に他者の呪力を底上げするという、戦闘に不向きな所謂ハズレだった。他者の、というところがまたポイントで私の術式なのに私の役に立つ事は絶対にない。体術を極め、呪具を用いれば単体で祓う事も勿論可能であるし、実際にそういう術師も居る。けれど生憎私はその才には恵まれず、人並みの運動神経しか持ち得なかった。
誰に言われるまでもなく向いていないのは一番自分自身が解っていた。適材適所とは正に私の為にあるような言葉だった。だから私は呪術師になる事を早々に諦め、補助監督というサポート役に鞍替えする事にした。高専在学中に運転免許も取った。窓でも勿論良かったのだが、補助監督は現場に術師と共に赴くので、帳を下ろす前に術式を発動させて呪力の底上げをするというサポートが出来ると、私はそこで自分自身の価値を無理矢理見出したのだ。
少しでも他人の命の為に戦い続ける術師の生存率を上げたいという願い、そしてハズレ術式で終わりたくないという誰にも言えない意地、言い訳を並べても結局は他人の為に惜しまずに己の命を差し出す事に躊躇い怯える弱さ。私は何年経っても自分の弱い部分と向き合えないでいる。

「あ、今回は君か。よろしくねー」

「…はい、よろしくお願いします」

片手を上げて口元に笑みを浮かべる五条さんはこれから単身一級を祓いに行くというのにまるで買い出しにでも行くみたいなノリだった。流石だなあと現最強呪術師の貫禄をまざまざと見せつけられ、私は気付かれないように嘆息した。
後部座席で足を組みながらだらんとしている姿に少しだけ申し訳なくなるが、これ以上後部座席を広く取る術がないのでどうか我慢してほしい。多分やってはこないと思うが運転席を後ろからその長い足でガンガン蹴られて煽られる様を思い浮かべて思わずハンドルを持つ手に力が入った。人伝に高専時代の五条さんは中々荒れた人だったと聞いていたので、私の中で既に五条悟という人間は絶対に怒らせてはいけないランキングの堂々一位を飾っている。
信号待ちでバックミラー越しに欠伸一つ漏らしながらペラペラと詳細の書かれた文書を読む五条さんを盗み見る。しかしやはりと言うか、案の定秒で気付かれたようで小さく手が振られた。目隠しをしているので目が合っている感覚に確信は持てないが、恐らく…。肩に変な力が入ってしまう。動揺から強くアクセルを踏んでしまった所為でエンジンが怒り狂ったように吠えた。すみませんと上擦った声で謝罪を口にして、私は只管意識を運転に集中させた。

「んじゃ、そんな時間掛からないと思うから」

「はい、帳はお任せください」

取り壊し予定の閉鎖された病院の前で停めた車のドアに身体を寄り掛からせながら五条さんがそう言った。建物内に入ってもいないというのにこの全身を突き刺すような圧。ぞわ、と腕に立った鳥肌を誤魔化すようにグッと握り締めた。
人差し指と中指を突き立て詠唱しようとした私の腕を大きな手のひらが包み込む。「うっわ、気ぃ抜いたら折っちゃいそう」何やら不穏な言葉がすぐ近くで聞こえた。ぱちりと露出した透き通る片目が私の中身を暴く。ひゅっと思わず息を呑んだ。
「君ってさあ」不躾にも覗き見た事に対して悪びれる様子は微塵もなく、五条さんが柔和な笑みを浮かべる。

「同行する術師に術式施してから送り出してくれるって聞いてたんだけど」

「…仰る通りです。人は、選んでいますけど」

「へえ。じゃあ僕にはやってくれないんだ?」

意地悪く細められた瞳に居心地の悪さを感じる。「…私なんかがそんな事をせずとも、あなた程の人なら」こんな事、私が態々口にするまでもないだろうに。世界中の人間を一人で殺せるような桁違いの呪力と才能を持つ彼に私の術式など必要なものか。

「必要か否かを決めるのは術式を発動させる君?それとも僕?」

「……五条さんが、必要とあらば」

不穏な音を立てる鼓動を悟られぬように出来るだけゆっくりとした口調を努める。こういうタイプは自分の思い通りになるまで引く事はない。目の前でお預けを食らっている任務に一刻も早く取り掛かって欲しい一心で私は自由な片手で掴まれている五条さんの手を取る。あっさりと離れたそれに少し拍子抜けしてしまったが、今は取るに足らない事だ。印を組み手のひらに呪力を集中させる。印を組んで他者に触れたらそれで術式は発動する、何も難しい事はない。──けれど、五条さんはあっさりとそれ以上を要求してくる。

「ただ触れるだけよりもさ、もっと君の呪力を他者へ付与させる方法。あるでしょ?」

「……っ」

誰にも言った事のないそれを難なく見破られた。この人の六眼はどうやっても誤魔化す事は出来ない。
印を組んだままの手を無理矢理固定され、背を車体に押し付けられる。屈みながら私の後頭部に手を回した五条さんはそのまま逃げる隙を一切与える事無く口付けた。身体から呪力が抜けていくのが解る。まるで掃除機に吸い取られているみたいだ。無防備な状態の唇を熱い舌先が無理矢理こじ開け、すべてを奪うように好き勝手に暴れまわる。「んん、っ…ふっ」鼻を抜けるような音が嫌でも飛び出し、頬が熱を持つ。ぬるりと歯列をなぞる柔い舌の感触が脳髄を焼き切るような衝撃を与えた。
「悪くないね」ずるずるとその場に崩れ落ちた私を見下ろしながら五条さんがべろりと唇を舐めた。爛々と輝く瞳と垣間見える白い歯がとても恐ろしく思えた。
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