呪術師は立派なブラック企業に分類されると考えている。休みは不定期だし昼夜も関係ない、何よりも深刻な人不足。あと油断すると普通に死ぬ。呪術師は誰にでもなれるものではなく、呪霊が視えるだけでは不十分、祓える能力があっても付き纏う死という名の大きなリスクを呑めるようなイカれた人間。万年人不足なのに求める人材に妥協する事は決してない。
「呪術師はクソだ」といつだか呟いていた七海さんの意見は間違っていない。

いつ緊急招集がかかるやらとビクビクしながらも久しぶりの休日をショッピングに費やしていた私はふと立ち寄った雑貨屋さんで運命的な出会いを果たした。
店内に足を踏み入れるなり蛍光灯に群がる虫のように寄って来た店員さんから逃れられる程のスキルはなく、勧められるがまま、引き攣った相槌を打ちながらそれを手に取った時、私の中に衝撃が走った。これ程ショップ店員さんに感謝の念を抱いたのは後にも先にもこの時だけだと思う。
──この手があったじゃないか。特殊な職が故に、目隠しをしている人間が周りに一定数居たからすっかり失念していた。手の中にある伊達眼鏡をそっと握り締め、私は置かれた鏡に映る自分を睨む。目隠しをしている人間に、己も加われば良い。今まで他力本願思考だった自分に嫌気が差しながらも当たり障りのないデザインのそれを手に迷いなくレジに向かった。
人間の心理とは不思議なもので、薄い度の入っていないレンズがあるかないかでは大きな違いがあった。この何の変哲もないただの伊達眼鏡は他人の目線から私を護ってくれる大事な役割を担っている。こんな不純な理由で眼鏡をかけているのは私くらいのものだろう。でもその効果は絶大なものだった。伊達眼鏡をかけ始めた事で誰に話しかけられようと、心構えなしで他者と目線が交わっても心を乱す事がなくなった。驚く程しっかりと会話が出来ている。
「へえ〜」しかしながら、物珍しげにそう呟き親指で目隠しをぐいと上げて片目だけ覗かせた五条さん相手では、そう上手くいく筈もなかった。あまり拝む機会もない分、愉しげにこちらを見下ろすアイスブルーの瞳への耐性がまるでない。エグいくらいの身長差もあって、一種の威圧感のようなものがじわじわと私を責め立てる。引き攣った笑みを浮かべる私に五条さんはニヤニヤと人の悪い笑みを向けてきた。

「その眼鏡さあ、似合ってるけどエッロいね」

「こんなストレートなセクハラを受けたのは初めてです」

「えー?褒めてんじゃん」

「すみません…どこが?」

はあ?という物言いをするのに一応「すみません」と付け加えてしまうのは相手が五条さんだからに他ならない。「アイツ何て言うかな〜」顎に手を当てながらそう独り言を漏らす五条さんは既に私の手に余る。誰か来てくれないかと切に願っていると、それが秒で通じたかのようにタイミングよく七海さんが入ってきた。全身黒づくめの高身長男とそれに追い詰められている私を眼鏡越しにじっと見つめているのが解る。

「何をしているのですか」

「噂をすれば、か」

じゃ、といつも通り目隠しをした五条さんは私たちの問いかけに答える事無く片手を挙げると風のように去っていった。相変わらず自由過ぎる。
どっと疲れが押し寄せてきた私は近くのソファに腰を下ろして大きな溜息を吐く。程なくしてぎしりともう一つの重みを知らせる音が聞こえ、少しだけソファが沈んだ。私の隣に座った七海さんは私程ではないが軽く息を吐くと徐に眼鏡を外してこちらを見た。その真意が掴めず、びくりと無意識に肩が揺れた。
伊達眼鏡のお陰で正面からターコイズブルーの瞳を受け止めてもそこそこ平常心を保てている。「…その眼鏡」そういえば、伊達眼鏡姿を彼に見せるのは今日が初めてだ。

「伊達眼鏡です。ちょっと、気分を変えてみようと思って…」

「そうですか。似合っています」

「ありが──、」

平常心はどうやら張りぼてだったらしく、満足に役目を果たさぬまま瞬時に消え去った。
似合っている、一種の社交辞令だろうに。何故か七海さんに言われると決まった返しすら真面に出来ない。色付いた頬は指摘されても誤魔化せはしない。けれど、それについて一切言及してこないのはきっと、七海さんの優しさだ。
「ですが」その声量が先程よりも大きく聞こえて不思議に思うよりも早く、体重移動によってソファが軋んだ。私よりも大きな手、節くれ立った指先が眼鏡のブリッジを掴みするりと引き抜いていった。視界に入りっぱなしだったリムが消え去った違和感、そしてやってくる、こちらを見つめ続けるターコイズブルーの熱の籠ったそれ。

「そのままの方が、私は好きです」

口元を押さえ顔を真っ赤にする私に完璧なまでにトドメを刺し、七海さんはくつりと笑った。
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