私は人と目を合わせるのが苦手だ。
決して社交的ではない、内気な性格が起因しているのだろうと思う。男女問わず目が合うと考えていた事も上手く言葉にならないし、赤面症が故にすぐ頬に赤みが差す。小さい頃はよくそれを指摘されて揶揄われた。嫌な思い出の一部として今も私の中で燻ぶり続け、時折不意に顔を出してあの時の仄暗い気持ちを思い起こさせるのだ。

だからある意味この仕事は天職なのでは?と我ながら思う。──もし口に出そうものなら「イカれている」を通り越してサイコパスだと思われそうなので絶対に思うだけに留めているのだが。
常に死と隣り合わせで流血沙汰は当たり前、原型を留めていない程の凄惨な現場に出向く事だってザラにある。並みの精神ではやっていけない。それでも、標的が異形のお陰で目が合ったとしても私は淀みなく動く事が出来るし、同職の方々はその職業が故に目を隠している人がとても多かった。
とは言っても目隠しをしているのは極一部、どうしたって目を合わせないといけない場面は出てくる。それを解消してくれたのは五条さんだった。
「眉間あたりを見るといいよ〜」と節くれ立った長い人差し指を立てて、以前彼はそう助言してくれた。普段チャランポランな言動が目立つ分「そんなのカボチャかジャガイモだと思えばいいじゃん」とクソの役にも立たないアドバイスをしそうなものであるが、彼は私が本気で悩んでいる事を知っているのでこの瞬間だけは五条さんが救いの手を差し伸べてくれる神様のように見えた。
以降私は会話をする時は眉間や瞼──比較的目に近い場所を見ながら会話をするようになった。元々社交的ではないので誰かと長時間見つめ合って会話するなんて事はまずない。お陰で私は今日まで問題なく人とコミュニケーションが取れている。

「お疲れ様です」

「あ、七海さん。おつか……」

荷物を纏めてドアを開けた瞬間だった。ドアを挟んで反対側に居たらしい彼は突然引かれたそれに驚いた様子はなく、抑揚のない声で定型文を口にした。私も鸚鵡返しのようにそう言いかけ──ひくりと喉を引き攣らせ自ら音を掻き消した。
目線が寸分の狂いなくかち合っている。私が中途半端に言葉を止めたからだろう、息を呑むような美しさのターコイズブルーの瞳が少しだけ細められた。
七海さんはいつも会う時は高確率で眼鏡をしていたものだから、思い切り油断してしまった。なぜ、なぜ今に限って外してしまっているのだろう。

「どうしました?」

「いっ、いえ、なんでも…!」

会話と呼べるかも怪しいそれを交わしながらも、七海さんの右手がきっちりと結ばれたネクタイを緩めた。今の私にはそれすら毒だ。
七海さんには大変申し訳ないが、思い切り視線を逸らして私はただ一点、床を見つめた。こちらをじっと見下ろすターコイズブルーが頭から離れない。
じわじわと赤くなる頬の感覚は久しぶりだった。「お疲れ様でした」と情けないくらい途切れ途切れにそう口にして、七海さんの横を通り過ぎようとした。が、私よりも一回り以上大きな手が私の貧弱な腕を痛みはないが振り解けもしない絶妙な力加減で掴んでそれを阻止する。

「あ、の…」

「…私の事は嫌いですか」

全く予想だにしない言葉が七海さんの口から飛び出した事に、私は鈍器でぶん殴られたような衝撃を受けた。私の不遜な態度の所為で、七海さんに不要な不快感を与えてしまっている事実に眩暈がした。
「ちが、違います!」存外大きな声が出た事に我ながら驚いた。それくらい、早くこの誤解を解かなければという思いが強かった。

「嫌いとかそういうのではなくて!本当に!嫌いというよりも寧ろ──」

寧ろ、なんだ。今私は何を言おうとした。ぴたりと動きを止め口元を押さえた手の上に七海さんのそれが重ねられる。
「その──」目線の先で、七海さんの膝が窮屈そうに歪んでいた。耳元に限りなく近い距離で振ってくるその声は鼓膜を揺らすだけでなく心臓に良くない刺激を与える。

「その続きは教えてはくれないのですか?」

「すみません今日のところは勘弁してください!」

その返事の代わりのように緩められた手に即座に気が付いた私は脱兎の如くその場から駆け出した。
私の言葉通り見逃されたのは「今日」だけで明日から本格的な攻防戦がスタートする事になるとはこの時は思いもしなかった。
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