偶に酒に呑まれたい日がある。ぐらぐらと視界を揺れさせて、眠気と現実の世界の境界線を彷徨い、色々な種類の酒を手当たり次第好き勝手に飲んで、全て投げ出したまま深い眠りにつきたい。
その望みを全て叶えるのはとても簡単な事だ。家飲み。しかも、一人でというところがポイントだ。誰に迷惑をかける事もないし、吐きそうになっても周囲の目なんて気にしなくてよい。ソファでゴロゴロしながらだらし無い姿を惜しみ無く晒せる。毎日は流石にしないが、息抜きも兼ねて月一度程度、干物生活を送る事にしている。まさに今日がその日だ。──なのに。

「てめえ、居んならさっさと開けろや」

「申し訳ありませんが本日はお引き取り願いたく…」

「ああ?」

対面ではないのに、表示されている画面からひしひしと伝わってくるこの威圧感は何なのだろう。
元教え子のひとり、今やすっかり時の人。在学中の宣言通りプロヒーローの職に就き、見事高額納税者の仲間入りを果たした爆豪くんが、何故こんな夜更けにマンションのエントランスで開けろと凄みを利かせているのだろうか。
既に一人飲みを開始してしまったし、テーブルはお酒の瓶と適当に拵えたおつまみで溢れているし、身に纏う服はパジャマ兼部屋着。とてもじゃないが異性を呼べる環境ではない。
ごめんね、と謝罪をしつつ通話を切り、意味のない合掌もついでに。しかしこんな事で諦めてくれるような人ではなかったと五分後に私は呆然と思う。

ガンガンとリビングの窓が外から容赦ない力で打ち付けられているような悲鳴を上げている。明らかに人為的なものであった。酔いの回りつつある頭をどうにか稼働させながらゆっくりと窓辺に近づきカーテンを開ける。途端、目の前に飛び込んで来たその人物の形相に「ひえっ」と我ながら情けない声を上げて目をひん剥いた。
私に負けず劣らず、目をこれでもかとかっ開いた爆豪くんが凄く怒った顔をしながら今も尚拳を窓ガラスに打ち付けている。このままにしたら本気で叩き割って部屋まで入って来そうな雰囲気だった。ヒーローなのに不法侵入、正に個性の悪用の代表的な使い方だ。

「初めっから素直に開けろや」

「相変わらずの横暴さ…」

「ああ?」

靴を放り投げるように脱いでズカズカと中に入ってきた爆豪くんは我が物顔でソファに踏ん反り返る。しっぽり楽しい一人飲み計画が木っ端微塵に砕け散った瞬間だった。
めそめそしながらも彼の分のグラスと箸、小皿を食器棚から取り出す私の甘さは指摘されるまでもない。

チビチビと梅酒のロックを舐めるように飲む隣でそれはそれは濃いハイボールを顔色ひとつ変える事無く煽る爆豪くんには未だ慣れない。この前まで学生だったのに、と本人に言おうものなら間違いなく頭部を粉砕する勢いで掴まれるような考えが過ぎる。
無言で味玉を頬張る爆豪くんに食べるラー油をそっと差し出すと赤い双眸が物言いたげにこちらを見返した。「ごま油とめんつゆで漬けたので、辛味を足すときっと美味しいと思います」私は正直辛い物は得意ではないので、この調味料は彼の為に拵えたと言っても過言ではない。
冷やしトマトを口に入れ、梅酒をちびちび。私たちの間に流れる沈黙は決して気まずいものではない。

「…もういいのかよ」

沈黙は沈黙で終わらず、タイミングを見計ったかのように泣かなくて良いのかと、そう暗に聞かれた。「はい」インテリアの一部として置かれた写真立てには、私のただ一人の師が入れられている。今日は命日だった。あの人を忘れた訳でも悲しみが癒えた訳でもない。でも、

「ユーモアを重んじる人でしたからね、いつまでも泣いていたら怒られちゃいます」

「…」

「あと、爆豪くんが来てくれたから」

「そーかよ」

ぶっきらぼうで呼吸をするようにヒーローらしかぬ言動を吐き出す彼だが、時折垣間見せる優しさに私は滅法弱かった。
からん、とグラスの中で氷が小さく音を立てた。それに合わせるようにそっと逞しい肩に凭れ掛かると小さな舌打ちが降ってきた。

「食い辛え、離れろ」

「手厳しいですね」

伸びてきた手が乱暴に私からグラスをひったくった。剥き出しの太腿に熱い手のひらが触れる。今日はショートパンツを履いているのでいつもより露出はしているが、こんなにあからさまに触られると笑ってしまう。感触を確かめるようにゆっくりと滑る骨張った指先が擽ったい。手のひらに浮かぶ男性特有の血管にどきりと心臓が跳ねた。

「欲張りですね」

「ハッ、てめえがそれを言うのか」

心地よい酔いに身を委ねそうになるのを、許さないとでも言うように太腿に爪が立てられた。抗議の声を上げようとした唇はあっという間に塞がれる。脳を焼き切るような甘い痺れに抗う事など出来ず、私は大人しく目を閉じる。
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