それが秘密だよ


十四松いつの間に!という外野からの声がぼんやりと聞こえる。それすら気にならない程、名前とマーモンにとって目の前の男の言葉は衝撃的だった。
何を根拠に、と名前が声を出すより早く、十四松が動く。手が無遠慮に首元のシャツを掴んだかと思うと、容赦ない力で床に叩きつけられる。そのまま馬乗りになって、思い切り前を開かれた。衝撃で弾けたボタンが数個、床に転がる。

「……っ」

「あっれー?おっぱいがない…」

「…こ、の…っ!」

自由な手で思い切り顎を殴り上げると、名前はゆらりと立ち上がった。どくどくと心臓が煩い。窓に反射して映る名前の顔は紛れもなく男性そのもの。何故、分かった。
それも一瞬で。「うしししっ」真横から、いいオモチャを見付けたとでも言うように、愉しげな笑い声がする。

「名前、バレてんじゃん」

「…っ」

「動揺してんの?顔真っ青だけど」

「ベル。それ以上言うなら容赦はしないよ」

「ししっ。ガキの脅しなんか怖くも何ともねーけど?」

小さな手が名前のコートを掴み、ゆっくりとボタンを留めていく。全てを留め終えた時、そこには、一人の女が佇んでいた。長い髪を結う赤いリボンがゆらゆらと自由に揺れている。
ムッとした表情のまま、顔を押さえて蹲る十四松の元へ足を進めると、その額に銃口を向けた。カチッと安全装置を外す音が確かに聞こえた。

「なんで、分かったんですか?術者には見えませんが…」

「あーっと、これ、やばいやつ?」

「答えないというならそれで結構ですが、その頭、風通しよくして差し上げます」

「お姉さんさー、ちょっと落ち着こうよ?ね?」

とん、と名前の肩に手が置かれた。至近距離でこちらを見つめる瞳には何の感情も孕んではいない。──人殺しの目だ。
ソファーから緩やかに移動してきた男は、困ったような顔を作って、尻もちをつく十四松に声を掛けた。

「気持ちは分かるけどさー、じゅうしまぁーつ。突然あんな大胆な事したら怒られちゃうって。ごめんさいは?」

「あい!さーせんしたー!!!」

「ん。お姉さんごめんね?こいつ、人より鼻が利くからさ。深い意味はなかったんだよ〜。だから、ね?」

口元に笑みは浮かんでいるものの、目は全く笑っていない。その絶対的な威圧感から、これが本体かと名前は思った。その証拠に、残りの男たちが揃いも揃って警戒心を剥き出しにしている。銃口を下ろせという要求に素直に従うつもりはない。自分が指図を受けるべきなのは、彼奴らではない。

「マモちゃん。如何しますか」

「残念だけど彼らは同盟を組んだファミリーだからね」

それが答えだった。
銃口を下ろしたのと同時に肩から男の手が放れる。しかし次はその手が腰に回り、名前は思い切り男に引き寄せられた。膝で弾かれた拳銃が、床を滑る。
骨ばった指先が名前の顎を捕まえ、無理矢理男と目線が交わる。きゅ、と唇を真一文字に結んだ名前が愉しげな男の瞳に映り込んだ。

「俺、マツノファミリーのボス。松野おそ松。お姉さんの名前は?」

「…苗字名前と申します」

「名前ちゃんね。同盟も組んだんだしさ、仲良くしよーね?」

「私には、関係ありませんから」

びゅ、と鋭い触手が二人の間に割って入る。「おー、怖い怖い」と大袈裟に手を振って退いたおそ松は、真っ赤なネクタイを緩めてにやりと笑った。
ゆらりと宙に浮いたマーモンが確かな殺意を孕んでおそ松を見つめる。

「名前、帰るよ。序にベルもね」

「うしし!ま、もう飽きたしなー」

マーモンを抱いた名前は一瞥もせず軽い身のこなしで窓から身を蹴り上げる。「なあ、チョロ松ぅ」上機嫌なおそ松に、嫌な予感しかなかった。

「あの子の事さ、調べておいてよ」

気に入っちゃったと舌なめずりするボスを止められる人間は、生憎この場にはいなかった。
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