許される遭難


「いやー、お兄ちゃんマジドン引きなんだけど。なにあいつ?カラ松以上のサイコパスじゃね?」

「容赦ないっすなあ!!」

「ヒヒッ…おれも混ざりたいんだけど」

ソファーにだらしなく体を預けて、頼みもしないのにスプラッタ映像をリアルタイムで見せられている赤いネクタイの男がげんなりしたようにそう呟いた。

「てかあいつ人ん家だからって好き放題やり過ぎじゃね?一松の拷問ですらもうちょっと綺麗だよね?!」

俺あの絨毯気に入ってたんだけど、と返り血でどす黒く色を変えた絨毯に未練がましい目線を向ける。
「おそ松兄さんさー」と、呆れたように緑色のネクタイをした男が静かに男を窘めた。

「ちゃんと資料見ておいてって言ったよね?もーさ、ほんと恥ずかしいから。この前同盟組んだファミリーの詳細知らないとか、ほんと恥ずかしいから」

「あんな分厚い資料、暖炉の薪と遜色ねーから!チョロちゃんさー、もうちょっとお兄ちゃんに優しくしてよー」

「てめーそれでもボスか!!俺の日頃の苦労知ってる?!もうちょっとその飾りの頭使ってよ!」

「あははー!チョロ松兄さんめっちゃおこ!」

焦点の合っていない目で二人のやりとりを見ていた男がこの場に似合わない声でゲラゲラと笑う。よくよく見ると、男たちは揃いも揃って同じ風貌をしていた。見分けを付ける為にネクタイの色を変えているらしい。

「ひ、ひっ!!た、たすけ…っ!」

「あぁああ?何よそ見してるわけ?」

不機嫌そうにベルフェゴールは仕込んだワイヤーを引っ張った。直後、男の右足が吹っ飛ぶ。耳を劈くような悲鳴と、それを嗤う声が交じり合う。返り血をたっぷりと含んだ衣類は所々変色している。張り巡らせたワイヤーにも当然血が飛散しているので、トラップとしては何の機能も果たしてはいない。けれど、この天才は気にする風でもなく、血濡れたワイヤーとナイフを駆使して、じわじわと相手を追い詰めていく。

「なァ、だるまさんごっこしよーぜ。次、左手ね」

「あ、ひぁっ、…や、やめ──」

ベルフェゴールが手を上げるより早く、空気を裂くような音が聞こえ、直後、男が額に風穴を開けて倒れ込む。
「チッ」とベルフェゴールは大きな舌打ちをして、仕返しとばかりにナイフを容赦なく真後ろへ投げた。「こわいこわい」けらけらと笑う声が静かに部屋に木霊した。

「何しにきたわけ?」

「お迎えに。序に茶々入れにも」

「うっぜー」

続いで投げられたナイフにも、臆さず指の間で静かに受け止める。拳銃をくるくると弄びながら、苗字名前は一歩ずつ部屋へと足を踏み入れた。
そしてソファーに無造作に座る同じ顔の4人組を見付けると、名前の前が物珍しげにじっと行き来する。
「…影武者ですかね?」と小さい声で肩に乗る赤子に囁いたのが、残念ながらばっちりと彼らに聞こえた。

「お兄さんさー、そこの人の保護者かなんか?」

「残念ながら違いますね。お迎えには来ましたけど」

「じゃあもう連れて帰ってよ〜延々とスプラッタ映像見るのも飽きちゃったしさァ」

「だ、そうですよ。ベル」

「あーマジ興醒め。ぶっ殺してー」

相変わらずネジが1本と言わず何本か抜けている。苛々とした口調でベルフェゴールは肩をこきりと鳴らした。
近くに転がる首を思い切り蹴り上げたら、それは花瓶に見事にぶち当たった。派手な音が響く。

「お前さー、どうだったの?」

「何がですか?」

「ターゲットの親父とさっきまで寝てたんだろ?かんそー」

ぴくりと名前の指先が反応を示す。直後、間合いを一気に詰めた名前の蹴りがベルフェゴールの頬を抉った。「ってぇーなあ。王子に蹴りとか、殺されてーの?」砕け散った花瓶の破片を踏み潰して、ベルフェゴールは挑発的に嗤う。

「今のはベル、君が悪いよ」

ずっと黙っていた赤子が溜息を一つ吐いてそう言った。「マモちゃん、殺しても?」「駄目だよ、人不足なんだしさ」ムッと顔を顰めて名前は不満を露わにした。

「ねーねー!!」

「う、わっ!」

名前の目の前に突然立ちはだかった影武者の一人が、焦点の合わない瞳を名前へと向ける。そしてずい、と距離を詰め徐にくんくんと匂いを嗅ぎ始めた彼に、驚きで声も出ず、息を詰める。やがて満足したのか行為を止めた彼は、首を傾げながら、名前に問うた。

「ねえ、お兄さんってほんとにお兄さん?」
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