ヒツジのノイズ


「マツノファミリー?」

「そう。ここ最近ボンゴレと同盟を結んだジャパニーズマフィアさ」

「はあ、そうなんですか」

「…君はもう少し、視野を広げて物事を見ることだね」

「だって興味ないんですもん」

「無興味無関心は時に身を滅ぼすよ」

はあい、とマーモンのお小言を聞いているんだか聞いていないんだか、間延びした返事でそう答えた名前は、頬に付着した返り血を煩わしげに拭った。
意図的に緩められたネクタイを綺麗に結び直し、半裸で隣に横たわる死体を横目で見て思わず溜息が出る。

「世の中には色んなシュミの人が居ますよねえ」

「…ま、イマドキ珍しくもないよ、男色家なんてさ」

「ううー、暫くはこんな仕事ごめんです」

「はいはい、良く頑張ったね」

鏡に映る自分の姿を見て、名前はげんなりとする。「綺麗な顔だね、本当に」──先程まで生きていた人間が呟いた言葉が、頬を伝う指先の感覚が、ふつふつと肌に寒気をよみがえらせる。
思わず蹲って自分をきつく抱きしめた名前の背を、小さな赤子の手がゆるりと撫で上げる。幻術は、実に汎用性の高い代物だ。術者の実力次第では、目くらましや子供だましの範疇を大きく超えてくる。まるで、本当にそこに在るかのように。
脳に直接影響を及ぼしてくる幻術は、一度掛かってしまえば余程の術者でない限りは抜け出せない。少なくとも、名前の隣に居るマーモンは3本の指に入る実力者である。
ただ、幻術は万能ではない。時には幻術だけで対処できない事も出てくる。完璧主義でもあるマーモンは、自分に欠陥があるのが許せない。苗字名前は、その為に居る。

幻を、よりホンモノへと近づけるために。誰でも良いわけではない。相性が悪ければ当然、長持ちはしない。幻術の重みに耐えきれず脳が壊れる。
苗字名前は、幸か不幸かマーモンと非常に相性が良かった。幻術では補いきれない部分、時には戦闘要員、時には媒体として、マーモンの為だけにその存在がある。
ゆるりとその背を撫でながら、本当に良い拾い物をしたとマーモンは少し昔の事を思い出した。もうこの子は、自分なしでは生きられない。元より永くはなかった命を拾って生かしたのは他ならない自分である。使えなければ捨て置いたこの存在は、思った以上にその価値を発揮し、今もこうして傍に在る。
自分がいなければすぐに死んでしまう命。それをいつでも握っているという、言い知れない高揚感。
キミはずっと僕のものだよ。
そう口にしてしまっても、この子はきっと肯定しかしないだろう。私と貴方は運命共同体ですから、と微笑むこの道具は、本当に従順で、なんと愛らしい事だろう。

鏡に映るのは、酷く顔色の悪い成人男性だ。本来ならある筈の女性特有の膨らみも、声帯も、柔らかな肢体も、その片鱗すら感じさせない。どこからどう見ても男。
「幻術って便利ですよねえ」しみじみと、名前はそう呟く。変装も何も必要がない。成るのも戻るのも、ほんの一瞬。そりゃあ騙されもする訳だ。
女より男が好きだった隣の物言わぬ亡骸を見つめて、何度目かの溜息を吐いた。もう此処に、いる理由はない。

「それで、話を戻しますが、何故マツノファミリーの話を?」

「嗚呼、今ベルがそのマツノファミリーの所に行っているのさ」

面白そうだと、思わないかい?

珍しく口角を上げて笑う相棒を見て、困ったように名前は笑い返した。大して乱れてもいない衣類を整えるのに、そう時間は掛からない。
コートを羽織ると、胸元のヴァリアーのエンブレムがその存在を大きく主張する。「さあ、行こうか苗字くん?」と機嫌の良い赤ん坊の声を最後に、部屋から気配は静かに消えた。
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