渇かないまま


「寄り道したら怒られちゃいますよ」

「そん時ゃアイツを三枚に卸すまでだぁ!!」

XANXUSの事をアイツ呼ばわり出来るのは後にも先にもスクアーロくらいのものだ。散々手当と面倒を掛けさせた手前、名前もこれ以上強くは出られない。──が、仮にもし怒られる事態になったとしても恐らく怒りの矛先はスクアーロ一人に向けられるのではという打算があった事は秘密だ。
もう何を言っても無駄だと判断したのか名前は肩を竦め、ズンズンと構わずボンゴレ本部内を進んでいくスクアーロを小走りで追いかけた。

「邪魔するぞぉ!!」

執務室を足で蹴り上げ、許可もないのにそう言って乱暴に入室をする彼の後ろで名前は気まずそうに中を覗く。やはり取り込み中だったようで、困ったように苦笑を浮かべる沢田とその隣で怒声を上げてスクアーロを睨みつける獄寺、片手を挙げて名前たちに愛想よく笑いかける山本の姿があった。

「よお、スクアーロ、苗字。久しぶりだなー!」

「お久しぶりです山本さん…突然すみません」

「ゔお゙ぉい!ちょうどいい、後でツラ貸せぇ!!」

好戦的に目を輝かせるスクアーロと対照的に名前は愈々収拾がつかなくなりそうだと片手で顔を覆う。山本の剣の腕を高く評価しているスクアーロにとって、彼と一戦交えないという理由はどこを探しても見当たらない。
「相変わらず賑やかでいいねえ♪」その声を聞くや否やぴたりと名前の動きが止まった。彼女の死角になっているソファで、その人はにこにことこちらに視線を向けていた。

「やあ名前チャン」

「…白蘭さん」

片手をひらひらと振って三白眼を細めて人の良さそうな笑みを浮かべるこの男が、名前はとても苦手だった。それを知ってか知らずか、白蘭は名前を見つけると自ら構われに来る。実に厄介な事この上ない。
「今日もカワイイね」と思ってもない事を嘯く白蘭に、今回は名前が用があった。

「…沢田さん、白蘭さんとはもうお話はお済みで?」

「え、ああ、うん。ちょうど今しがた終わったところだけど」

「そうですか、なら良かったです」

「白蘭さん」にこりと彼に笑い返した名前は、白蘭が返事をする前に瞬時に間合いを詰め、握った拳を勢いよく振り下ろした。それがまるでスローモーションのように彼らの目に映り、「あ、」と沢田が声を上げた時には既に殴り飛ばされた白蘭が頭から転げ落ちたところだった。

「イテテ、容赦ないなあ」

切れた唇に滲む血を親指で拭い、身体を起こした白蘭が目を細める。拳を握ったままの彼女の腕を取って、「殴る為に態々リングまで着けるなんて、ほんと酷いな」と悲しげに言う。けれど次の瞬間には「へえ、(ステッラ)のリングか。中々いいもの持ってるね♪」なんて笑いかけてくるのだから、白蘭は本当に人の気持ちを逆撫でする事に長けている。
無言でホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外した名前は、銃口を白蘭に向けようとしたが、そのまま自分の真後ろに向けて発砲した。2発分の銃声と、耳に残る金属音のような高い音。「名前、腕を上げたな」──愛用のCz75を手の中で弄びながらリボーンが笑った。

「リボーンさん」

「いやあ、助かったよ」

「勘違いすんな、おまえを助けた訳じゃねーぞ」

そこまでにしておけと暗にリボーンが言っている。「ええ…元々一発殴るだけにするつもりでしたからもう結構です」大人しく拳銃をホルスターにしまった名前は心底残念だという気持ちを隠そうともせずに肩の力を抜いた。
リボーンが出てきたからにはこれ以上は弾の無駄遣いだ。勝算のない相手に喧嘩を売る程、名前は愚かではない。

「ま、悪い事をしたとは思ってたからね。これで名前チャンの気が済んだなら良かったよ♪」

「…本当に残念です。此処がボンゴレのアジトでなかったら遠慮なくその頭を風通しよくして差し上げられたのに」

どうやらチェルベッロはきちんと役割を果たしたようだった。態と一発殴られてやったというニュアンスに引っ掛かりを覚えるものの、ずっと腹の内で燻ぶっていた感情にケジメがつけられたのも事実だ。
完全に殺気を仕舞い込んだ名前の腕を解放するどころか思い切り引っ張って白蘭は瞳を愉しげに揺らす。どうやら彼女の負傷には最初から気が付いていた様子で、声は出さずともぴくりと眉を動かした名前に「痛かった?ごめんね」と心にもない事を言う。

「名前チャンが全快していたら顎の骨持っていかれてたかなあ」

「……っ」

ぴき、と関節が悲鳴を上げた。「ゔお゙ぉい」黙って見ているだけだったスクアーロがいつの間にか名前と白蘭の間に割って入った。それを見計らったかのようにすぐさま手を放して一歩下がった白蘭は食えない笑みでスクアーロの獰猛な瞳を受け止める。

「捌かれたくなかったらその辺にしておけぇ」

「怖い怖い。心配しなくてもヴァリアーのお姫サマにはこれ以上何もしないよ」

その物言いにスクアーロの背に隠された名前がムッと頬を膨らませる。そんな彼女にひらりと手を振って「それじゃあ綱吉クンまたね♪」と沢田に目配せをして開きっぱなしのドアから出て行った。
黙って事の成り行きを見守るに留めた現ボンゴレのトップは漸く嵐が過ぎ去った事に安堵の息を漏らした。

「……沢田ぁ」

「あー、うん。苗字さんあのね…」

突然自分の名前が出た事に名前は瞬きを一つして困ったように眉を下げて笑う沢田を見る。けれど話しかけた本人も何と持ち出したらいいのかと考えあぐねている様子で如何にも歯切れが悪い。
「さっさと言いやがれダメツナ」痺れを切らした元家庭教師の容赦ないエルボーをモロに食らった沢田が椅子から転げ落ちる。

「10代目!!お気を確かに!」

「ハハッ、変わらねーよなー!」

ヴァリアーもヴァリアーだが、ボンゴレもボンゴレだ。どちらにしても暴力が横行しているのは日常茶飯事のようだった。ともすればナイフも平気で飛んでくるような環境に居る名前にとっては驚くような要素は何一つ見当たらない。エルボーひとつで済むのならまだ可愛い方だと常日頃から理不尽な暴力の受け皿となっている作戦隊長に名前は憐みの目を向けた。

「…私に何か御用があるのでは?」

白蘭という脅威が消えた事でスクアーロの背から姿を見せた名前が沢田に急かすように問う。うん、と漸く自分の中で話が纏まったようで、しかしそれでも言葉を選ぶように沢田はおずおずと口を開いた。

「苗字さんに、縁談がきているんだけど…」

「……は、」

今度は名前が言葉を詰まらせる番だった。ぞわりと背筋を何かが這う。この感情の名前を、名前はまだ知らない。

20.11.03
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