着色をください


耳に残る断末魔も、鼻を突く硝煙にもすっかり慣れた。弾を装填しながら名前は僅かに弾む呼吸を整える。所々煙の上がるそこは、最早戦場だった。
「ゔお゙ぉい!!状況を報告しろぉ!」インカム越しに聞こえるスクアーロの声に、思わず名前は呻き声を漏らす。傍にいるマーモンもその声量の大きさに顔を顰める。「お願いですから声量を落としてください」何度言ったか分からないその言葉を酌んでもらった事は一度としてない。
「北側はほぼ壊滅状態です」とん、と地面を蹴るとそこに突き刺さる幾本ものナイフ。そして宙を踊るように舞うアゲハチョウが名前とマーモンを捉えた。

「どうだ、美しいだろう」

ゆらゆらと自由に舞う、雨の炎を纏った蝶。30p以上ある大きさのそれが何十羽と舞っている。炎を纏い羽に浮かぶ模様は酷く幻想的である事に違いはないが、ゆっくりと観察してる時間などない。

「世界一の大きさを誇ると言われているアレクサンドラトリバネアゲハを模して造られたこの匣の素晴らしさが、君に解るか」

「生憎と、私は虫にも匣にも然して興味はありませんので」

「美しい蝶に葬られる事を光栄に思ってもらいたいものだがね」

数に物を言わせようとするのは弱者のする事であると名前は身を以て検証済みだ。弱い者がどれだけ集まろうと、蹴散らす手間が増えるだけで何の脅威にもなりはしない。美しいそれを羽ばたかせる蝶は名前たちを威嚇しているように見せて、使用者の周りを囲んでいる。少数精鋭が売りのヴァリアーからしたら、その行為は愚策に他ならない。敵を目前に守りに入った存在など、恐るるに足らず。そんな無様な姿を晒すのなら自害した方がマシだ。
不規則に動く無数の蝶に動じる事無く名前は銃口を向ける。「確かに、」はらりと羽を散らして無残に落ちる蝶を見て、名前はぽつりと言う。

「成す術なく散る様は何処となく風情がありますね」

「こ、の…!」

爪先で地面を軽く叩けば割れたそこから這い上がる触手が蝶を貪る。幻術が脳に介入し、支配するのはあっという間だ。
大して動いていない筈なのに、身体がどことなく怠く感じるのは気のせいではない。雨の性質は“鎮静”、蝶の鱗粉が風に乗って充満する前に片付けてしまった方が良いだろう。
ぴくりと2人の肩が何かに反応して小さく動く。程なくして独特の獣の鳴き声が響き、その生物に体毛を擦りつけられた蝶が燃え始める。辺り一面手当り次第食い荒らそうとする独占欲の強さは主人に似てしまったものか。「ベル」どこか咎めるようなマーモンの声が静かに響いた。
軽快な音を立てて男の腕が吹っ飛ぶ。油断しきっていた男は、切断された肩から下を茫然と見つめ、一拍置いて襲い掛かってきた痛みに悶絶した。名前とマーモンと同じデザインのコートをだらしなく着崩して、ゆらりと現れた気分屋の王子はナイフを玩具のように弄ぶ。

「横取りは良くないよ」

「ししっ!ちんたらしてんのが悪ぃんじゃん」

名前の隣に降り立ったベルフェゴールが白い歯を見せてにんまりと笑う。役目を終えたミンクが彼の肩に乗り、同じような笑い声で鳴いた。実在する生物を元に創られた生体兵器はどことなく使用者に似てくるのは気のせいではない筈だ。そっくりのベルフェゴールとミンクを交互に見て、名前はそう思った。可愛らしい外見のこのミンクは今の所使用者であるベルフェゴールにしか懐かず、うっかり気を抜いて触れられでもしたら一瞬で真っ黒焦げだ。
地面に散らばった美しい蝶の成れの果ての仲間になるのは名前もマーモンもご免である。

「きちんと止めを刺してくださいよ」

「べっつに。ヒマになったから茶々入れに来ただけだし」

面倒臭そうに名前は芋虫のように這いずる男の脳天を撃ち抜く。これからという時に中途半端に手を出されてその後始末をさせられるのは気分が悪い。拗ねたように唇を結んで目を擦った名前の頭をベルフェゴールは乱暴に撫でる。

「なに、お前あの虫の攻撃食らったの?ダッセー」

「違います、ちょっと眠いだけです」

「食らってんじゃん」

自らの意思で匣を開匣する事のない名前を、常々彼は不思議に思っている。何かに縛られる事が死ぬほど嫌いな彼にとって、この上なく理解出来ない生き方を名前はしている。何をするにでもマーモンの指示を仰ぎ、己の生すらこの小さな存在に握らせている。ボンゴレの霧の守護者もそういう依存関係にあるが、決定的に違うのはその生き方だ。
クローム髑髏は自分の全てを六道骸に捧げ、彼と彼の従者を守る為に生きている。内臓の損傷により幻術なしには生きられない身体ではあるが、クローム自身が幻術でそれを補っている。それに対し、名前は幻術の一切を自分には使用しない。それは、自らに生きる価値はないと考えているからだ。失った内臓を自ら補ってまで生き続けたいと、彼女は思っていない。生に対して執着の薄い彼女が今こうして生きているのはマーモンに必要とされているが故。マーモンにとって不必要になればいつでも処分してもらえるように、この命の一切を握るのは自分ではなくマーモンであるべきだと名前は考えている。

「僕は眠たいんだ。さっさと済ませるよ」

「うわ、匣もリングも血塗れじゃん。きったねー」

「その原因を作ったのは貴方ですよ、ベル」

地面に転がっている匣と切断されて吹っ飛んだ腕から抜き取ったリングを見てベルフェゴールは口元を歪める。まるでゴミを投げるように乱雑に名前に向かって投げられたそれらを見て、名前は溜息を吐いた。血で汚れてはいるものの、匣・リング共に破損は見られない。それを確認して名前はマーモンが差し出した袋に入れた。
匣はまだまだ謎の多い代物で、今も各ファミリーで研究が進められている。匣は基本的に1点もの、中には希少価値の高いものも多い為、破損がない限りはこうして研究データとして持ち帰る事になっている。リングも然りだ。匣を開匣するにはリングが必要不可欠であり、どんなにランクの低いものでも価値はある。

「さ、帰りましょうかマモちゃん」

「…僕はもう寝るよ」

小さな欠伸を一つ漏らして、マーモンは名前の腕の中に収まる。軈てすやすやと聞こえてきた寝息に名前は口角を上げた。「そーゆーとこガキのまんまだよな」つん、と寝ているマーモンの頬を遠慮ない指先が突いた。

「ベル、起こすと叱られますよ」

「ししっ!別に怖くねーし」

退屈そうに頭の後ろで腕を組んでベルフェゴールはそう答える。遠くでヘリの音が聞こえる。やっとお迎えが来たようだ。「ゔお゙ぉい!いつまで遊んでんだクソガキ共ぉ!」「うっせーよクソ隊長」インカム越しで言い合うスクアーロとベルフェゴールの声がプロペラの音に揉まれて消える。
腕の中で眠る命よりも大事な存在を優しく抱え直して、名前は死体の転がる場所に背を向けた。

18.09.23
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -