逃げ出す先の泥溜り


「さあ、まずは貴女からよシェリー」

車のトランクが開いたのは、引き金に力が込められた時だった。そこから出てきた思いも寄らぬ人物に、その場に居た大半が動揺した。名前もまた然りである。
「待って、カルバドス!!」構わず第三者の介入を阻止すべく発砲した仲間に静止の声を掛けるが、既に数発の弾が彼女──毛利蘭を狙う。うち一発を狙撃して相殺した名前はそのまま灰原哀を抱え込んだ彼女を驚いたように見つめた。対する蘭は周りが見えていないようで、腕の中に匿った少女を守る事に必死のようだった。

「待ってって言ってるでしょ?!」

顔すら向けず、一発の発砲でカルバドスを黙らせたベルモットの顔に余裕の文字は消え失せていた。地面に蹲る2人に銃口を向け「どきなさい早く!」と口調を荒げるも、その手が動揺から震えているのを名前は見逃さなかった。ベルモットが予期せぬ第三者の介入にあれ程動揺を示すだろうか。しかも、蘭に退けと発言しているあたり、彼女を殺す気がないとも取れる。
組織はそんなに甘くはない。関係ない人間が紛れたのなら、その人間ごと消してしまうのが常だ。ベルモットが温情を掛けたという線はない。毛利蘭は多少の混乱はしているようだが、仮にベルモットと面識があったのなら僅かでも反応を示しただろう。とすると、ベルモットが一方的に毛利蘭と面識があり、何らかの理由から彼女を殺せない、殺したくないと思っているという事になる。
「ふぅん、面白い事になってきたじゃないか」名前の隣でマーモンは一人、口角を上げた。

「Move it,Angel!!」

ベルモットの身体に衝撃が走る。彼女が動揺している隙にライフルの死角に入ったジョディは負傷した身体を壁に預けながらも発砲し、その弾はベルモットの右腕を掠った。患部の位置からして内臓を損傷している可能性もあるというのに、まだ動け、且つ拳銃の引き金も引くとは中々肝が据わっている。一発撃つだけで、どれ程身体に負担が掛かるのかをよく知っている名前は、その執念にも似た姿勢に素直に敬意を称した。
コツコツ、とジョディの背後で足音が響く。同時に聞こえたショットガン特有のポンプ音に、ジョディはグッと唇を噛んだ。挟み打ちにされてしまったら勝機はない。
「OK、カルバドス」口角を上げたベルモットの前に現れたのは、正に彼女の予想外の人物だった。

「ホー、あの男カルバドスって言うのか…」

「ひええ!」

赤井秀一の姿を視界に捉えた瞬間、顔を青褪めさせた名前は口から情けない声を出して数歩後退する。彼女の中であの時の事は既にトラウマとなっていた。

「ライフルにショットガン、拳銃三丁、どこかの武器商人かと思ったぞ。…尤も、両足を折られて当分商売はできんだろうがな」

幸い赤井秀一の視線はベルモットを捉えていて離さない。今のうちに距離を取っておくのが吉だ。FBIに痛い目に遭ったからこその判断だった。手負いのFBIくらいなら問題視などしない。けれど、そこに彼が現れてしまったのなら状況が変わってくる。
じりじりと名前が後退するのと赤井がショットガンでベルモットの腹部を撃ったのは同時だった。吹っ飛んだベルモットを見て本当に容赦のない男だと戦慄する。
散弾で出血をしながらも、ベルモットは諦める事なく、今度は逃走へと目的が変わっている事は明白だった。息を切らしながらも、彼女の視線が気を失った江戸川コナンに向いている事に気が付いた名前は、「あ、」と思わず声を上げた。
まずいと思った時には既にベルモットが目標に向かって走り彼を抱えながらジョディの車に入り込んでしまっていた。追ってこられないようミラー越しにもう一台の車のガソリンタンクを撃ち抜いて轟音を響かせながら車は走り去って行った。
感心したように口笛を吹いた赤井に「逃げられちゃったじゃない!」とジョディが食ってかかるも「テメェの車のキーぐらい抜いとけよ」と即座に言い返されてぐうの音も出ない。
パン、と乾いた音がした。「ま、まさか自決?」唯一の手掛かりを呆気なく失ってしまった失態を悔いている時間はなかった。

「詰めが甘いですねえ」

キッと鋭い視線をジョディから向けられても名前は飄々としている。「随分冷たいんだな。熱い夜を共にした仲だろう」挑発を含んだ揶揄に名前の眉間に皺が寄る。息つく間もなく飛んできた数本のナイフを赤井はひらりと躱して目を細めた。
遠くでサイレンの音が聞こえてくる。FBIにとっても名前にとっても余り時間は残されてはいなかった。

「その子に何をするの?!」

灰原を抱えたまま気絶している毛利蘭の頭部に手を置いた名前にジョディが声を荒げる。「…覚えていられると、少し厄介なので」危害を加える訳ではないと暗に伝え、すぐ名前は立ち上がった。

「マモちゃん、粘写」

「──まさか、追うつもり?」

「それは勿論。“彼女”からの依頼ですから」

気を失ったままの灰原にちらりと視線を向け、サイレンの音を背に名前とマーモンは静かに闇に溶け込んで消えた。
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