通りすがりの神様


──ゔお゙ぉい!!名前、ちゃんと生きてるかあ!!

「こんにちは、あ。そちらは朝ですね、おはようございますスクアーロさん。その分だと相変わらずのご様子ですね」

久しぶりの国際電話に、出てみたら耳を突き抜けるような怒声に似た音が鼓膜を嫌と言う程揺らした。完全に油断していた。この感覚は久しぶりだ。
直後、「うるせえよ」と別の声が聞こえ、鈍い音と何かが割れる音「ゔお゙ぉい!痛ぇじゃねえか!!」と続いたその声に、聞くまでもなく本当に彼らは相変わらずのようだった。音声だけのそれだが、電話の向こうの光景が名前には容易に想像出来た。付き合いの長さとは恐ろしい。

「全く、騒がしいったらないよ」

「ふふ。まあスクアーロさんは歩くサンドバックですから」

──ゔお゙ぉい!!聞こえてんぞぉ!!

ただの暗殺を得意とする殺人集団。言ってしまえばそれまでだが、そこに何の感情も繋がりもないのかと問うと、答えは否だ。人間らしい部分はどんなに非情であろうと、ある。
替えがきく分、任務となればその遂行が最優先される為庇い合いなんてものはしない。電話を掛けてきたスクアーロだって、今までどれ程の犠牲を払ってきたか。
一見冷酷で組織の──主にボスの──事しか考えていない彼が任務外でこうして態々電話を掛けてくるという事は、彼の中にほんの少しばかりの感情が生きているという証拠。
街中で無防備に気の抜いた笑みを浮かべてしまうのは仕方の無い事だった。

「私もマモちゃんも元気ですよ」

──本体はこっちに居るからなぁ!お前が居なくてただのガキに成り下がる前に戻ってこい

「煩いよ、スクアーロ」


「ちょっ、ひったくりよひったくりー!!!誰かそいつ、捕まえて!!」

「退け退けぇ!殺すぞ!!」

その女性の声に反射的に振り向けば、女性物のバッグを抱えたサングラスを掛けた男がこちらに向かって走ってくるところだった。
「…日本ってこれでも世界的に比べたら犯罪発生率低いんですけどねえ。じゃあスクアーロさん、そういう事なので、また」
電話を一方的に切り、ざっと退く人たちに反して、名前は気怠そうに身体を横にずらした。通過するタイミングを見計らって、足を前に出して引っ掛ける。
人助けをする趣味は持ち合わせていないが、自分の進行方向を乱されるのは気分が良くない。足を引っ掛けた動機は酷く単純なものだった。
想像していた以上に、男は派手に扱けた。咄嗟に両手を地面に着いた事で抱えていたバッグが逃げ出す。それを拾い上げて、元の持ち主の方向を見つめた名前の背後で男が唸った。

「っンの、アマ!!殺されてぇのか!!」

「殺す?──どうぞ、殺れるものなら」

地に手を着いたままの男の傍にしゃがみ込んで、名前はにんまりと笑う。直後、彼女の纏う殺気が男の肌を沸々と刺激し、殺すという言葉の重みが嫌と言う程圧し掛かる。
殺すと言う割には殺傷能力の高い武器など一つも持っていないようで、名前は呆れて溜息を洩らした。見たところ身体も鍛えられている訳ではないようで、その辺に居る一般男性と何ら変わりない。これでよく殺すと言ってのけたものだ。「アナタ、タイプよ」と笑いながら腕一本で相手を絞め殺す某オカマを見習ったら、と喉元まで出かかった。

「ほら、殺すなら、せめてナイフくらいは持ちましょうよ」

頬に触れるように見せて、スーツの袖から飛び出す刃先が膜を引き裂く。ピリッとした痛みに、男は只々言葉を失って恐怖に身を震わせた。
只の通行人だと思っていた女は、スーツの袖に武器を隠し込むとんでもない人物だった。護身用にしては用意が良すぎる。その切れ味は決して用心のものではなく、明確な殺意を以て誰かを殺める事に特化した武器に他ならない。

「どうも、初めまして。殺し屋です」

「ひっ、な…なんだ、よ」

悪戯に笑った名前は、よっこらしょと立ち上がって、まるで道端の空き缶にするように、思い切り男の頬を蹴り飛ばした。目を白黒とさせて、男は情けなく地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「私の、バッグ!!」はあ、はあ、と息を切らしながら女性が駆け寄ってきたのを見て、名前は思い出したように自分の手に意識を向けた。

「はい、どうぞ」

自然な動作でバッグを差し出した名前と、お目当ての代物をきょとんとした瞳が何度も往復する。やがて倒れている男にも視線が行き、ピンときたようで、キラキラと目を輝かせながら彼女はバッグごと名前の手を握りしめた。

「ひったくり犯を捕まえてくれたんですね!ありがとうございます!!」

間近で見る女性は、思いの外若いようだった。まだ16,7歳くらいだろう。「園子ー!」と、恐らく彼女の友達だろう。手を振りながら後を追いかけてきたもう一人にも案の定不思議そうに見られ、名前はなんだか居心地の悪さを感じた。


***


「パフェ3つ、お待たせ致しましたー」

「きたぁー!!並んだ甲斐あったわ」

「わあ!おっきいね」

「………」

店内は若い女の子たちで溢れ返っており、所々から響くシャッター音。果物の沢山乗ったパフェを彼女たちは一様に注文し、テーブルの上で撮影会を開いているようだ。
何もせず素直にスプーンでパフェを突くのは名前くらいだ。知り合ったばかりの目の前の2人ですら、自己紹介をするなり注文したパフェを写真に収めているのだから。
ひったくり被害に遭った、茶髪の短髪の女性が鈴木園子、隣に座る黒髪の長髪の女性が毛利蘭というらしい。若い若いとは思っていたが、2人とも現役の女子高生だと言う。
イマドキの女子高生は私服が随分派手なんだなあと明るい茶髪を視界に入れながら名前は思った。「……」マーモンは言葉一つ発さない。

「それにしても、大男をあんな簡単に伸しちゃうなんて、名前さんって一体ナニモノ?」

パフェ専用の長いスプーンを口に含みながら、目を輝かせて園子は名前を見つめた。蘭も興味はあるようで、園子程の好奇心は見せないがチラチラと名前に視線を送っている。
ちょっと護身術を身に着けているその辺に居るキャリアウーマンには、2人のこの様子からして見えていない。
あー、とかううーんと珍しく言葉を詰まらせて、返答に悩んだ挙句、名前の脳裏に浮かんだのは篠宮スミレの顔だった。

「ええーと、要人警護が仕事と言いますか…」

「ええ!それってSPってやつ?!」

「業務内容は一緒ですが、SPは日本警察のボディーガードの呼称なのでちょっと違いますね。私は、イタリアにある…警備会社から派遣された人間ですので……」

我ながら苦しい言い分である。けれど目の前の2人はそんな名前の心境を汲む事なく「イタリア!」「すごい人と知り合っちゃったね」と微塵も不審がる様子もなく盛り上がるばかりだ。
警視庁所属のSPで話を通した方が簡単だったが、警察のSPには条件が幾つか設定されており、その中の身長173p以上という項目を名前は満たしていない。ただの女子高生相手ならそんな事余程でない限りは知らないと思うので構わなかったかもしれないが、念には念を入れるべきだと名前は思った。
無論、名前のその選択は間違ってはいなかった。彼女たち──特に毛利蘭──のバックに居るのは、警察関係者とあの小さな名探偵なのだから。

「ねえ名前さん!連絡先教えてよ、また3人で女子会しましょ!」

「わたしもいいですか?折角お知り合いになれたんですし…」

そう言いながらスマートフォンを向ける2人に嫌とは言えず、名前は大人しくポケットから自分の端末を取り出した。
「…その押しの弱さはお国柄なのかい」と呆れを含んだマーモンの独り言が名前の胸に突き刺さった。
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