触れ合う透明度


あまりにも迷いのない瞳に、思わず手から拳銃が滑り落ちた。
銃口を向けられるのが、こんなにも怖い事だとスミレは知らなかった。
父親にせがんで狙撃を教えてもらい、それなりに腕前も良く、褒められる事に優越感を抱いていた。自分はこんなにも優秀であると、才能があるのだと思っていた。
ゾッとした。自分と、苗字名前との差があまりにも大きくて。彼女からしたら、自分はただの一般人と同等だ。
独立暗殺部隊。その存在は父親から聞き及んでいた。全幅の信頼を置いているボンゴレに父親は迷うことなく護衛の依頼をした。そしていざ現れた“暗殺部隊”の人間はあまりに普通で、正直拍子抜けした。けれど、普通に“見せて”生きている事が、こんなにも恐ろしいものだと、スミレは知らなかった。
彼女のようなバケモノが、世の中の“普通”に紛れて近づいてくるのだ。首元に刃を突きつけられて、その存在に初めて気付く。
嗚呼、なんて恐ろしいのだろう。

「いい子ですね」

手から滑り落ちた拳銃が緩やかな傾斜で名前の足もとまで落ちてきた。それを拾い上げて、名前は少し先に佇む怪盗に目を向けた。
何を言うでもなく、キッドは名前にエメラルドを放る。それを難なく受取り、本物であると確認した名前は再びキッドに視線を戻した。

「お時間を取らせてしまいましたね。どうぞ、お帰りください」

「随分あっさりしてんじゃねーか」

「ええ。今回私が依頼されたのはスミレさんの護衛だけですから」

殺しではないので、そう涼やかに告げた名前に、キッドは何故だか背筋が寒くなった。あの小さな名探偵とはまた違った怖さがある。
何にせよ見逃してくれるというのだからこの機を逃す手はない。風向きも良い。ハングライダーを飛ばそうとして、しかしキッドは思い止まるしかなかった。急に視界に飛び込んできたサッカーボールがその要因である。噂をすれば何とやら、か。苦笑いを浮かべたキッドがトランプ銃を使うより早く、名前が動く。
視界が良いとは言えない中、的確にサッカーボールを打ち抜き、直ぐさま弾を装填する。このままではあの名探偵が名前に打ち殺されるのも時間の問題だ。それは聊か、否かなり後味が悪い。この暗闇の中迷う事無く一点を見つめ銃口を向ける名前には、あの少年が丸見えなのだろうか。

「ちょ、ちょっと待った!」

「…何でしょう」

「一般人!だから撃つな!」

可笑しな怪盗だ、と名前は胸中思う。かなりグレーゾーンな一般人であるが、殺傷能力の低いサッカーボールを飛ばしてきた辺り、一般人と言えば一般人なのかもしれない。
まさかその相手が小学生だとは、名前はこの時夢にも思わなかった。
相手は警戒しているのか、その後何かを仕掛けてくる様子はない。
無害と判断した名前が拳銃をしまうのと、一つの悲鳴が上がったのは同時だった。
屋根は人が歩きやすいように作られている訳ではない。手摺りや柵があるはずもなく、況してや今は夜で視界も悪い。そんな中風に煽られてスミレが足を滑らせたのも、咄嗟に受け身が取れないのも一般人であるが故、仕方のない事だった。
スローモーションのように彼女の身体が傾き、2人目掛けて落ちてくる。
キッドを片手で制した名前は、落ちてくるスミレ嬢を身体を流しながら受け止め、そのまま屋根から姿を消した。落ちてくる人間の体重を受け止めるのは、名前の体型からして不可能だ。何より、彼女に怪我をさせる訳にはいかなかった。
彼女の負担にならないように、出来るだけ衝撃を抑えて適当な足場に片足を引っ掛けながら地面を目指す。視界の隅で白い怪盗がハングライダーで飛び立つのを確認して、名前は柔らかな芝生の上に着地した。
抱えているスミレを静かに下ろすと、気が抜けたのかその場にずるずると座り込んでしまった。それに合わせて名前も片膝を着いて、スミレの顎に指を這わせ、上を向かせる。幾分か顔色が悪くなってはいるが、顔に外傷は見られない。

「スミレさん、どこか痛いところは?」

静かに首を振ったのを確認して、ホッと名前は息を吐いた。ポケットから返された“Green Tears”を取り出し、そのままスミレの首に手を回して付ける。

「綺麗ですよ」

へ、とスミレはらしくもなく間の抜けた声を上げる。遠くで彼女の父親と警察がこちらへ駆けてくるのを見て、名前はまだ立てない彼女を見兼ねてそのまま横抱きにした。

「私、初めてなのに…」

お姫様抱っこ、と随分可愛らしい事を言うスミレに、名前は小さく微笑む。「ご馳走様です」と悪戯に頬に唇を寄せると、暗闇でも分かるくらいに頬が真っ赤に染まった。
あれだけ牙を剥いていたのに、随分しおらしくなったものである。顔を真っ青にして駆け寄ってきた父親にスミレを引き渡すと、名前はそっと背を向けた。
後処理は全てお任せしよう、その為に彼らは居るのだから。

「偶にはいいだろう、こんな任務もさ」

「まあ、そうですね」

名前の肩に乗る重みはいつもと変わらない。けれどいつもと変わらないように見える顔が、ほんの少しだけ機嫌が良さそうなのは、きっとこの後の報酬を思っての事だろう。
護衛の任務にしては、随分と奮発した額だったようだ。ご満悦のマーモンを見れば一目で分かる。

「何か欲しいものがあるなら買ってあげるよ」

「んんー、新しいリボンが欲しいです」

「…ほんと、君は無欲な子だね」

頬を滑る小さな手が擽ったい。
どうか、死ぬまで一緒に居させてほしい。
名前が望む事は一つだけ。
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