夜息のメソッド


「なんか、こういう任務って拍子抜けしちゃいますね」

「ま、リハビリ程度にはなるんじゃない」

窓から忙しなく駆け回る警察関係者を見下ろして、名前はぽつりとそう漏らす。珍しく殺しではなく護衛の任務であった。
当然、人殺し集団と比喩されるヴァリアーで護衛の任務など欠伸が出るほどつまらないものだ。しかし今回の護衛任務はボンゴレと関わりのある日本の財閥が絡んでいる為、無下にも出来ず、結果、現在運よく日本に滞在中の名前に白羽の矢が立ったという訳である。
日本でも有数の財閥の一つ、篠宮財閥。かの有名な鈴木財閥と並ぶほどの権力と財力を待つこの財閥の大きな屋敷の中で、名前はつまらなそうに欠伸を漏らした。
護衛と言っても他国と違って警察関係者外が安易に発砲できるわけもなく、そもそも銃の所持が許されるわけもない。護衛とは名ばかりで、篠宮財閥のご令嬢の傍で彼女に危害が及ばないように見守っているだけの至極簡単なものだった。驚くほどつまらない。

「まあ、精々頑張る事だね、“苗字くん”」

そう茶化すように笑ったマーモンの頬を骨ばった指先が恨めしそうに突く。名前の今の姿はどこからどう見ても立派な成人男性そのものだった。長い髪は短髪になり、背格好も随分と違う。すらりと長い手足がスーツ姿をより引き立てた。勿論これはマーモンによる幻覚だ。態々名前が男性に成りすましたのも、例のご令嬢のワガママによるものだった。話には聞いていたが、ご令嬢は随分とじゃじゃ馬らしい。

「ちょっと!貴方私の護衛でしょう!」

「……ああ、お着替えが終わるのをお待ちしておりましたよ」

流石に、そこまでは幾ら護衛と言えど着いて行くわけにもいきませんでしたので。早速登場したワガママ娘を前に、名前は当然のように手を差し伸べてにこやかに微笑む。
ふん、と鼻で笑いながらも、そんな名前の態度に満足したのか手を重ね、ソファーまで大人しくエスコートされる。ソファーに腰を下ろした彼女の肩にカーディガンを掛けてやりながら、名前はその胸元で大きく己の存在を主張する宝石を見た。
“Green Tears”と呼ばれるエメラルド。
その名の通り、涙の粒のように模られたそれは一点もののデザインで彼女の父親が誕生日にと作らせたものであるという。
マフィアが絡んでいる財閥の護衛に警察関係者を入れるなど、実に滑稽ではあるが、この宝石を狙っている怪盗が怪盗なだけに受け入れざるを得なかったというのが実際のところだ。
月下の奇術師と謳われる怪盗1412号。
世間からは怪盗キッドと呼ばれるコソ泥だ。

「まったく騒がしいったらないわ。早く殺すなり何なりすればいいじゃない」

「……スミレ様」

廊下をバタバタと走る音にうんざりしたように言い捨てるスミレを、名前は静かに窘める。

「警察関係者が多く出入りしているんです。過激な発言は控えておくべきかと」

「私に意見するっていうの?ただの雇われの分際で」

「…お父様を困らせてしまいますよ」

鼻を鳴らして、スミレは不機嫌そうに腕を組んだ。見た所16、7くらいの年齢か。このくらいの年頃は本当に扱いに困る。
ドンドン、と乱暴な音を立てて返事をする間もなく人が中に入ってくる。一応ノックしたのは評価に値するが、如何せん、ご令嬢の機嫌は頗る悪い。

「…何よ。入っていいなんて私一言も言ってないわ」

「(…このガキ)あと1時間ほどで予告の時間です。勿論宝石は無事でしょうな?」

「一体貴方の目はどこに付いてるのかしら?これが見えなくて?」

「(こ の ク ソ ガ キ…!)」

そのやり取りを静かに見ている名前は呆れたように溜息を吐く。両者、揃いも揃って子どもだ。中森と名乗っていた警部は言葉こそ丁寧に使ってはいるが思っている事が顔に出まくりだ。スミレもスミレで退屈凌ぎ程度にしか思っていないのか、予告時間が近づいても宝石を警察に渡す気は毛頭ないようだ。
盗まれるリスクも高くなるのでこちらに渡してほしいと言う警察からの申し出を跳ね除けた挙句、「渡してあげないと怪盗から守れないっていうのなら警察もとんだ甘ちゃん集団ね」と挑発まで食らってしまったのだ、さぞ腸が煮えくり返っているに違いない。おまけにスミレ嬢は警察の目を掻い潜るようにちょろちょろと動き回るのだ、本当にいい性格をしている。
コンコン、と今度は控えめにノック音がした。噛みつく勢いの彼女の代わりに、名前が「どうぞ」と入室を促す。入ってきたのは彼女の父親の側近の一人だった。

「失礼、苗字様少しお時間を宜しいですか?」

「構いませんが、何か?」

「旦那様が最後の打ち合わせをしたいと申しております」

「そうですか。…すみませんが、少しの間スミレ様をお願いします」

額に浮かんでいる青筋は見なかった事にして、中森警部にそう伝え、名前は男に続いて部屋を出る。階段を上り更に奥の部屋へと歩く中で、コツコツと響く足音を聞きながら少しだけ面白くなりそうな展開に口角を上げた。

「…付かぬ事を伺いますが」

「はい、何でしょうか」

「靴、履き替えました?」

ぴたりと目の前を歩く男が立ち止まる。長い廊下に人の気配はない。「ええと…」どう返していいのか困ったように、男が頬を掻く。

「すみません、その、煩かったですか?」

「いいえ?ただ、夕刻にお会いした時と靴音が違うので」

初めまして、怪盗さん。言葉には出さずに、名前は目の前に迫ってきた男を見て、愉しそうに笑った。
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