寂滅をこじ開ける


目を疑うような光景だった。真っ白いシーツを汚すそれは、紛れもない赤。がはっ、と名前が大きく咳き込む度、大量の血液も一緒に吐き出される。外傷は見られない。しかし、調べた薬物成分の中に、こんな症状を引き起こすものがあっただろうか。しかも、服毒から4日も経ってから。副作用か。
シェリーの中で多くの疑問と起こり得る可能性が浮かんでは、消える。

「ま…、も…ちゃ」

「名前、苦しいかい」

僅かに意識を取り戻したのか、名前は薄く目を開けて焦点の定まらない様子で譫言のようにそう漏らす。
独特の鉄臭さが拡がる血濡れた枕元で、何ともない様子でマーモンは呼びかけに応じる。ひゅう、と必死に呼吸をする音が名前の口から洩れる。しかし満足に呼吸が出来ぬまま、再び吐き出すのは息ではなく鮮血。このままでは危険な事は、誰の目から見ても明白だった。
ふと、シェリーは名前に掛けてあるシーツに異変が起きている事に気が付く。ハッとした様子でシーツを思い切り引っ張ると、あまりの光景に息を詰めた。

「一体、どういう…」

「…馬鹿な」

静かに事の様子を傍観していたジンですら、そう言葉を発さずにはいられなかった。「内臓が……」口元に手を当ててベルモットが呟く。
異様に凹んでいる、名前の腹部。確かにある筈のものが、そこには存在していないかのようだった。そんな、信じられない。内臓が失われているなんて。
ちらりとシェリーはマーモンを見やる。苗字名前の所属する組織については聞き及んでいた。特殊暗殺部隊。その中でも、彼らは幻を創り出すという。
科学者として俄かに信じ難い──否、証明できない非科学的なものなど立場上信じられないものが、今目の前で起きている。

「残念だけどこれは現実さ。紛れもないね」

意思を読み取ったように、マーモンは小さな肩をすくめて見せる。「正しく言うと──」そう補足して、マーモンは更に信じられない発言をした。

「さっきまで君たちが見ていた名前の腹部こそ、幻術だ」

苗字名前は、僕の幻術によって生かされているに過ぎない

「……初めから、この人にはなかったって言うの?」

「失われた内臓の殆どを僕の幻術が補う事で、名前は生きている。だから、解いてしまえば物の数分で呆気なく死んでしまうよ」

名前が生きる為には、僕の存在が不可欠なのさ。

内臓が著しく損傷した原因についてマーモンは話す気はないようだ。再び小さな指が音を鳴らすと、不自然に凹んでいた腹部がみるみるうちに元へと戻り、名前の呼吸も安定した。
血を失い過ぎたのか、顔色は随分と悪くなってしまったが、生きてはいる。何故だかシェリーはそれにとても安心した。僅かな間とはいえ、自分が関わった人間に目の前で死なれるのは、気分が悪い。

「…あそこからこの子を連れ出してくれた事については、感謝しているよ」

「あら、大事なお姫サマのお迎えに来たんじゃないのかしら?」

すっかりその気が失せたのか、拳銃を懐にしまったベルモットが腕を組んで薄く微笑む。その問いにマーモンは否と返した。

「金にならない事はしない主義でね。役に立たない状態のこの子を連れても、何にもならない」

「執着している割には、冷たいのね」

「執着?それは違うね。利用価値があるから生かしているだけで、それ以上でもそれ以下でもないよ」

生きるも死ぬも、名前の働き次第さ

もう用はないとでも言うように、マーモンは一瞥も呉れずに一瞬にして姿を消した。
興醒めだ、とすぐさま煙草片手に足向きを変えたジンを追い、ウォッカも退出する。
ベルモットは名前の口の端に着いた血を拭い、頬に指を滑らせる。

「否定する割に、手つきは優しいのよねえ」

ウソツキは誰かしら?

そう笑う彼女に、シェリーは何も答えられなかった。
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