空っぽだから綺麗だった


「まだ目覚めねェのか」

苛々を隠そうともせず、殺気立った様子でジンはそう吐き捨てた。殺気を向けられても、ベッドに横たわる名前は当然ピクリとも動かない。
その問いを投げかけられた女は、うんざりした様子で「見た通りよ」と突慳貪にそう返した。

「薬物と何度も行われた首への圧迫と胸骨圧迫による心臓へのダメージが原因かしらね。外傷は殆ど治りかけているし、現状他に施す手はないわ」

第一、と女は声には出さず胸中思う。自分は科学者であって、医者ではない。
多少知識はあるにしても、こんなところまで連れて来られて医者の真似事をさせられ、挙句、4日経っても意識が戻らない事を八つ当たりされるとは。
これが憤りを感じずにいられようか。

「シェリー。薬の解析の方はどうなっている」

「そっちも変わらずよ。データが少なすぎるわ」

「何とかしろ。サンプルはここに居る。好きに使え」

“サンプル”を見下ろして大きな溜息を吐く。苗字名前の血液を何本取ったって、もう無意味だ。成分分析など疾うに終わっているのだから。それよりも大事なのは、臨床試験データだ。それがなければ開発から試作品が出来るまで一体何年掛かる事か。考えるだけで眩暈がする。
データは例の研究所で消炭になってしまったのだから、もう諦めてほしい。
唯でさえ今はAPTX4869のモルモット実験を目前に控えているのだ、シェリーとしてはそちらに重きを置きたいと思うのは当然の事だった。
「そんなに怒らないでよ」静かに2人の言い合いを聞いていたベルモットは肩をすくめて茶々入れをする。

「眠り姫を起こすのは王子サマのキスって決まっているじゃない。ねえジン?」

向けられた殺気など何処吹く風で、楽しげにシェリーの隣でベルモットは笑う。ジン相手に冗談を飛ばせる人間は限られている。
強まる殺気に困ったようにウォッカは身じろいだ。こんな所で撃ち合いになったらシャレにならない。


「取り込み中悪いけど、お邪魔するよ」


シェリーの真横で突然第三者の声がした。どくりと心臓が大きな音を立てる。気配もなく、ベッドで目を閉じる名前の頬に触れる小さな手が侵入者が赤子であると告げる。
「テメェは…」と忌々しげにジンがそう呟いたので、この異質な存在が苗字名前繋がりのものであると直ぐに分かった。

「Hi!Shy baby!お姫サマのお迎えかしら?」

言葉とは裏腹に、誰よりも早く銃口を向けたベルモットにシェリーは人知れず肩を震わせる。前々から思っていたが、本当に恐ろしい女だ。
フードを深く被っていて赤子の様子は分からないが、少なくとも怖がっているようには見えなかった。それどころか、口角を挑発的に上げてベルモットを見据える。

「フン。撃ってもいいけど僕が死ねば名前も死ぬ事になるよ」

「相互依存もここまで来ると病気ね」

「言葉通りだっていう事を、折角だから今教えてあげるよ」

ぱちん、と小さな指が音を鳴らしたのと、静かに寝ていた苗字名前が喀血したのは同時だった。
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