帰り道は独りぼっちだよ


ざあざあと、風が葉を揺らす音が心地よい。此処に来るのは随分と久しぶりのような気がした。此処がどこであるのか、正確な答えを名前は持ち合わせてはいない。
ただ、現実とはまた違った場所である事、死後の世界でもない事──此処には極一部の人間しか来れない事。名前が知っているのはそれだけだ。
頬を撫でる風も、足先に感じる草の擽りも目に映る景色も全てがリアルに感じる。だが決して此処は天国などという可愛らしい場所ではない。

「……名前?」

一瞬風が大きく唸りを上げた。それに掻き消されてしまうのではと思うような繊細な声色を持ったそれは、そんな事もなくしっかりと呼ばれた本人に届いていた。
誰に呼ばれたのか、聞くまでもない。此処に来れる人間は限られている。声のする方へ振り向いた名前の顔は、愛おしい者を見るかのように優しい笑みを浮かべていた。

「こんにちは、凪さん。お久しぶりですね」

風に遊ばれる彼女の髪を見て、名前は目を細める。前に会った時よりも髪が伸びた。顔色も良い。返事の代わりに彼女は駆けてくると思い切り名前に抱き着いた。そのいじらしい所作に同性であっても胸を擽られるような感覚を抱いてしまう。
控えめな性格からか、彼女のパーソナルスペースに踏み込める人間は限られている。その貴重なうちの一人に加えられている事に、名前は素直に嬉しさを覚えた。
名前より少しだけ年下の彼女は、妹のように可愛い。

「名前、これ………」

久々の再会に心を通わせたのも束の間、名前よりも背が低い彼女には、隠せるわけもなく目敏く首筋に残る指痕を見付けられてしまった。嬉しげに頬を染めていた凪の顔が、不安を滲ませる。
「大丈夫です」華奢な凪の背を撫ぜ、耳元で名前はそう囁く。もう痛くもないし、死んでもいない。だから大丈夫。
どうしてか分からないが、無事生き延びたらしい。今此処に自分がいるという事が何よりの証拠だ。

「名前…」

まだ不安げに瞳を揺らす凪の頬に手を添えて、「はい」と答える。眼帯の紐に触れると擽ったそうに小さく身じろいだ。

「おやおや、どうやら僕はお邪魔のようですね」

当たり前のようにゆらりと現れたその人は、酷く愉しげにその光景を見つめ、言った。「骸様!」と名前の腕の中に居る存在は、一瞬にして意識をそちらに向けてしまう。
それが少しだけ名前は面白くなかった。

「お久しぶりですね、骸さん。覗き見とは相変わらず趣味が悪い」

「クフフ。余りにも耽美的だったので、つい」

マーモンの気配は此処にはない。決して入ってこれない訳ではないが、此処は六道骸のテリトリーだ。術士が術士の領域に安易に踏み込むのは賢いとは言えない。

「嗚呼、なんとも痛ましいですね」

距離を詰めた骸が無遠慮に指痕をなぞり上げる。言葉とは裏腹にそんな感情はちっとも込められていないのが見て取れる。
右には凪、左には骸。見事に挟み込まれてしまった名前は、身動きが取れない。きゅう、と腰に手を回す凪を振り払える程、非情にはなれなかった。
骸の指先が名前の唇に触れる。凪の方に意識を向けていた名前は、成す術もなく実に呆気なく骸の介入を許してしまった。

「…っ、」

息を呑んだそれすら、容赦なく骸に飲み込まれてしまう。そんな中、ちゅう、と名前の耳元に凪が唇を寄せた事で、完全に名前は逃げる術を失ってしまった。
驚きで緩んだその隙を逃さず、ぬるりと口内に侵入した骸の舌が、無遠慮にそこを荒らす。角度を変えられる度、漏れるだらしない声が酷く耳に残った。

「は、…っ、なにを」

「慰めてあげようと思っただけですよ」

ね?と骸が凪に向けて同意を求めると、迷うことなくそれに頷く。すっかり余裕というものを持っていかれてしまった名前は、頬を染める事しかできなかった。

「名前、嬉しくない?」

「い、や、あの…久しぶりにお目に掛かれたのは嬉しかったですが、行為自体は、あの、」

「ふふ、名前、真っ赤。かわいい」

この霧のコンビには、翻弄されてばかりいる。ちゅう、と頬にすり寄られ、今度こそ名前は言葉を失った。それ見て愉しげに目を細めた骸に、文句の一つも言えぬまま。
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