ディープエラー


「空気が重い…」

素弾が保管されている部屋に一歩踏み入れた時にまず感じたのは、息のし辛さだった。部屋の湿度が高い所為なのか、どんよりと重たい。
勘が告げる。ここから早く出るべきだと。
何故そう思ったのかは分からないが、この部屋には違和感を覚えた。倒れている椅子、床に散乱している書類、割れた一つの小瓶。棚にある数々の薬品。標本。模型。物だけ見れば、学校の理科室と同じだ。
突如、換気扇が大きな音を立てて回り始めた。周囲を見回すも、気配はない。名前はマーモンに目配せをするが、彼も小さく首を振る。
この部屋にいるのは間違いなく、名前とマーモンの二人だけだ。けれど、先程から背筋をぞわりと撫でるような悪寒が消えない。

「これだね」

小瓶に入った、3発の素弾。他の薬品サンプルと一緒に並べてあったそれを見付けるのは容易かった。しかし、何故だ。じんわりと手のひらが汗ばむ。何か、おかしい。
そう思うのはマーモンも同じようだった。「早くここから出るよ」この部屋に入って5分以上は経つ。けれど、あれだけ騒いでいたのに、今は追手の一人すら来ない。
一体、どうして──名前の身体に変化が起きたのは、その直後の事である。
かくん、と何の前触れもなく足の力が抜ける。床に両手を着いてへたり込んだ名前の顔は真っ青だ。起きようにも力が全く入らず、徐々に身体の動きが鈍くなる。
完全にどうにかなる前に、名前はマーモンに手に握っていた小瓶を力なく投げた。身体が、言う事をきかない。

「…一体どういう事だい。僕は何ともないのに」

「マモちゃん、私を置いて行ってください」

意識はハッキリしている。呂律も回る。手の平からジンジンと伝わる痛みから、感覚も正常であると判断する。けれど、身体に力が入らない。
幸い、マーモンには何の異常も見られない。それは多分彼が本体ではなく幻術で作られた分身だからだろう。名前の様子からするに、彼女と一緒に脱出するのは不可能だ。
建物の破壊は諦め、一時的に彼女の身を隠して撤退するのが策であるとマーモンは判断した。それは、名前も解っているようだった。しかし、何か引っかかる。
「ムム、」とマーモンは手の中の素弾の入った小瓶、部屋を見回してその正体を探ろうとする。

散乱しているように見せた部屋、換気扇の起動、杜撰な素弾の管理、割れた小瓶

「…あの小瓶、中身は一体──まさか、」


「来たぞ、来たぞ、ほんとーに来たぞ」


部屋の入口に立つその男の登場で、やっと纏わりついた違和感の正体が判明した。
不自然に切り揃えられた前髪と、浮き出る米神が男の異常さを掻き立てる。

「ようこそ、可愛らしい侵入者。私の可愛い獲物だ」
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