夜明け前に消えなくては


「大きな施設ですねえ」

「モノは突き当りを右、3つ目のドアだよ」

頬に飛び散った返り血を服の袖で拭って、足元に転がる“障害物”を踏み越える。先程まで生きていたそれらは、今では変わり果てた姿で、静かに侵入者を受け入れる事しか出来ない。突き当りに来ると、騒ぎを聞きつけこちらへと駆けてくる足音が何人分も聞こえてくる。
「もうちょっと静かに動けないんですかねえ」と呆れたように名前が呟くと、「全くだよ」と空中にふわりと浮くマーモンも同意する。しかし、何の小細工もなく、こうして正面から突っ込んできてくれるなら手間も省けるというものだ。相手は数に物を言わせる気であろうが、生憎と彼らが今相手にしているヴァリアーは数ではない、質である。

「少し遊んであげなよ」

「珍しいですね」

「偶にこうして使わないと鈍るからね、感覚が」

通路に名前が現れるや否や、彼女を狙って何発もの銃声が響く。ふん、とマーモンが鼻で笑うのと同時に、狙った筈の弾はあらぬ方向へと飛び、壁にめり込む。
「と、いう訳でして」銃口を向けられていても何処吹く風で、柔和な笑みを浮かべた名前が片足を軽く上げる。

「マモちゃんと、少し遊んであげてください」

とん、と片足を地に下ろすと、そこから床に大きな亀裂が入り、音を立てて亀裂が広がる。地割れから噴き出した火柱が狙った獲物を消炭にしようと襲い掛かった。
怯むな、こんなもの幻だ!と叫んだ人間が、火柱に呑まれて呆気なく姿を消した。そこから拡がる恐怖が更に炎を煽る。武器をあっさりと捨て、目の前の名前やマーモンに見向きもせず己の保身に入るその様は実に滑稽だ。
消火器を噴射しても、炎は怯まない。何故ならこれは全て、マーモンによる幻術だからだ。物理的な攻撃は何も意味を成さない。幻術を幻術であると認識しても、抗えない。脳が幻術の介入を許してしまった時点で、敗けなのだ。

「熱い、ですって」

「ふうん。なら涼しくしてあげるよ」

コンコン、と壁を叩くと、今度はそこから幾本もの氷柱が突出し、炎を殺しながら広範囲へ凶器が拡散する。術士に対抗出来るのは、術士だけだ。
気が済んだのか、飽きたのか、ぱちんと指を鳴らしてマーモンはあっさりと幻術を解いた。床から噴き出た火柱も、壁を突き破った氷柱も全てが一瞬にして消える。当然、倒れている人間に外傷は一つもない。「壮大な光景でしたねえ」と一言感想を漏らして、倒れる人間を踏み台にまた一歩、目的の場所へと近づく。
名前の傍らに居るマーモンですら、幻術で作られた分身なのだ。その分身が作った術がこれほど精巧なものを作るのだ、まったく末恐ろしい。
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