あなたの為なら、
「暫く日本で仕事をしてもらうよ」
「構いませんよ。私、日本食の方が好きですし」
ふあ、と欠伸を噛み殺した名前の膝の上で、静かにマーモンはそう告げる。ボンゴレの拠点はイタリアではあるが、ボス率いる守護者たちの多くが日本出身の為、日本での任務というのも珍しくはない。それに引っ張られるように、ヴァリアーにおいても日本での任務というのもそれなりにあった。ただ今回の日本の任務において、珍しい事にボンゴレ10代目が口出しをしてきているらしい。らしい、というのも、名前はただ与えられる任務をこなせばいいだろうというスタンスで、事の経緯には露ほどの興味も示さない。マーモンが手に持つ書類にも見向きもしなかった。しかし、そこに燃ゆる死炎印は確かに紛れもなくボンゴレ現当主のものだった。
「沢田綱吉絡みだからね。ボスはお陰でご機嫌斜めさ」
「それで私が適任者として選ばれたんですね」
気難しい連中が集まるヴァリアーは、能力こそ高いものの人間的に問題がある集まりと言っても過言ではない。いつまで、と明確に出ていない任務期間やターゲット、情報があまりにも曖昧でこれでは誰も首を縦には振らない。それでも日本への滞在を命じるというのだ、10代目の超直感というのは本当に都合のいい代物だ。
「アテになるんですかねえ」
「認めたくはないけどね、それで彼は今あの座に就いているのだから」
「それにしても……ベルモットさんのいる組織と鉢合わせる事になるなんて」
こんな偶然もあるんですね。と困ったように笑う名前の下でフム、とマーモンは小さく頷く。ベルモットと呼ばれる組織の構成員と会ったのは数年前のアメリカでの任務の時だ。彼女と会ったのはその一度きりであるが、名前もマーモンも鮮明に覚えていた。
「ジン、ウォッカ、そしてベルモット。…まず間違いないだろうね」
「お酒の名前をコードネームにしているなんて、中々お洒落さんですよねえ」
「あの組織と僕らは畑違いだからね。放っておけばいいよ」
それじゃあ僕は寝るよ、とひとつ欠伸をして、そのままマーモンは消えた。本体は今頃遙か遠くのイタリアですやすやと寝息を立てているのだろう。わざわざ幻術を使って傍に寄り添っていなくてもいいというのに。
「離れられないのは、一体どちらでしょうね?」
くすりと名前は笑って、居なくなった温もりに問いかけた。