心臓に手が届く


日本、某所。
とある港の誰も立ち寄らないその場所で彼らの取引は行われていた。
乱雑に設置されている少しの照明の明るさと雲の間から除く月の明るさで何とか足元は確認できる。けれどお互いの顔は薄らと曇っていて良くは見えない。
昼間なら未だしも夜のこの時間帯は人気が全くない。幾つものコンテナと吊り上げられた無数の鉄骨。そして静かに、けれど時折打ち付けるように響く漣の音。
取引には好都合な場所であり、条件であった。

「お互い長居は無用だ。とっとと済ませようじゃないか」

周りをキョロキョロと見回し、落ち着きのない声でそう男は言った。その男の後ろに控えている数名の部下も、どことなく居心地の悪さを感じているようだ。

「…ウォッカ」

けれど話しかけられた男──帽子を目深に被って静かに煙草を吹かす全身黒づくめの男からは、目の前の男とは対照的に何の動揺も感じない。
コードネームであるその言葉を静かに呟けば、「へい、」と呼ばれたガタイの良い男が一歩前に出る。ウォッカが手に持っているのは銀色のアタッシュケース。
暗闇に紫煙が舞う。
帽子の下に隠れた物騒な光を灯した瞳が愉しげに揺れる。

「さァ、取引といこうじゃねェか」


「始まったね」

「……いい風向きだ」

スコープから見える、ジンとターゲット。これから始まる惨劇を想像して、胸が歓喜に震える。
キャンティは、ぺろり、と唇をひと舐めして、同じく隣で静かにライフルを構える相方に声を掛けた。

「コルン。今回はあたいが頭をもらうからね」

「……ああ」

「その代わり、後ろの雑魚は全部アンタにあげるよ」

さあ、ジン。早く合図を。

***

実に茶番だ、と目の前で静かに行われている取引を見ながらバーボンは思った。アタッシュケースの受取りが終わった時点で取引相手は射殺される。それが今回のシナリオだった。
今頃ポイントで待機している狙撃手たちは、今か今かと“その時”を待っているに違いない。ジンが合図を出した瞬間、呆気なくカタが付く。
バーボンがジンとウォッカと組んだのはこれで3回目だ。特定のコンビが居ないバーボンは殆どの任務を単独か、ベルモットと共にしている。今回のようなケースは稀な事であった。
お互いのアタッシュケースを手渡し、ウォッカと取引相手の男が同じタイミングで中身の確認をする。
後ろを向いたウォッカが、小さくジンに頷く。──取引は無事成功だ。
ぐしゃ、と落とした煙草を踏みつけてジンが嗤う。もう、用はない。合図を出そうとした刹那。──風向きが、変わった。


「今夜は月が綺麗ですね」


こつりと足音が一つ。その場に似つかわしくない、やけに明るい声が響いた。バーボンはハッとしてその声の方を見やる。──自分としたことが気配に気づけなかった。
それはジンや取引相手も同じだったようで、空気が張り詰める。誰もピクリとも動かない。インカムからキャンティの急かす声がする。
にへら、と気の抜けた笑みを浮かべる女は、敵か味方か。一般人でない事は確実だ。

「…誰だ」

最初に言葉を発したのはジンだった。既に手にはバレッタM1934が握られている。どうやらジンは敵と判断したらしい。
けれど、拳銃を向けられているにも関わらず、女の態度は変わらない。それどころか拳銃をちらりと一瞥しただけで、視線は全く別のところに向いている。
その視線の先を見てこの正体不明の女の目的と先程放たれた言葉が誰に向けてのものなのかを知った。


「探しましたよ?」


こつり、こつりと。にこやかな雰囲気を纏って、女は一歩、また一歩と距離を縮める。
風向きが変わって雲の位置がずれ、ぼんやりとした顔立ちが月明かりによってはっきりと浮かび上がった。
風に弄ばれるように、女の髪を結っている赤いリボンがゆらゆらと愉しげに揺れる。
否応なしに視界に入ってきたその赤を見て、無意識にバーボンは奥歯を噛みしめた。
──本当に、いつ見ても嫌な色だ。
ひゅ、と息を呑む音がした。目を見開いて驚きにすっかり形相が変わってしまった取引相手だった男が、震える指先を女へと向ける。
その震えは、緊張からか、恐怖からくるものなのか──
月明かりに照らされている笑みを見て、らしくもなくバーボンは背筋が寒くなった。

「おま…、おまえ、は」

「まさか、お忘れではありませんよね?」

「一体、なんの用なんだ…っ!俺はなにも──」

「何も?──御冗談を」

「………っ!」

風を切るような音がして、男の後ろに控えていた部下であった者たちが次々と倒れる。遠目から見ていても分かる。一発、それもかなり正確な射撃だ。
風に乗る焦げ臭い独特の匂い。両手に銃を握る女は、こつりとまた一歩、足を進めた。
「あ、あああ…あ、」とあまりにも一瞬の出来事で頭がついていかないのか、男は全身を恐怖に支配されてまともに言葉も発せない。
けれど、一歩一歩と近づいてくる女の威圧感に耐えきれず、必死の形相で命乞いを始めた。

「た、たすけてくれ!!頼む!ボンゴレに手を出した俺たちが悪かった!!」

「私が用があるのは、貴方の首から上です」

「……ひっ、」

足元は既に事切れた部下たちの血の海だ。ここは港、後ろに下がってもどこにも逃げ道はない。

「ヴァリアー!!たのむ、命だけは…!」

「私を独立暗殺部隊と知っていてのその言葉。面白いジョークですね」

──そんな生ぬるくはないんですよ、この世界

女は静かに両手に持つ拳銃を仕舞う。そして次の瞬間、男の首はひゅん、という軽快な音と共に吹っ飛んだ。ぐしゃ、と首を失った胴体が崩れ落ちる。
そこから流れ出すどす黒い血。鼻を衝く鉄の匂いに思わず眉間に皺が寄る。

「裏切り者の末路は、万国共通ですよ。お疲れ様でした」
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