はじまりの音は静かに鳴る


「日本へ行け」

カラン、とグラスに浮く氷が清涼な音を立てた。既に半分以下になってしまった琥珀色の液体を横目に、私は「はい」と手短に返事をした。
うちのボスはいつだって気まぐれで、凶暴で、残酷な人だ。任務の失敗は死を意味し、例外は認められない。勿論、任務自体を断るという選択肢も存在しない。
日本は、私の故郷でもあり、現ボンゴレ10代目にとっても故郷である。任務とはいえ久々の日本。嬉しいかと言われれば是だ。
「ボス、行くのは名前だけなの?」──けれど、この肩に乗る愛おしい重みと暫くさようならをするのは、やはり寂しい。
ボスは多くは語らない。私の二つ返事を聞くな否や資料を投げてよこして、それきり興味を失くしたようで私には目も呉れず残りのウイスキーを一気に煽った。
勿論、私の肩にちょこんと乗る──マーモンにも、一瞥もくれぬまま。

***

「うししっ!おまえ、これからジャッポーネだって?」

重苦しいキャリーケースを引きずっていると、ひょっこりと姿を現した、組織の中では随一の天才と謳われる、ベルフェゴール。
自称王子の彼の頭には、それを証明する冠が今日も大人しく鎮座していた。

「ベル、見送りにきてくれたんですか?」

「まーね!あの鼻タレ小僧の涙が運よく見れるかもしんねーし?」

それが誰を指しているのか、分からない程私はバカでもない。直後、不機嫌そうなオーラを纏って、噂をされたばかりのその人が静かに私の肩に舞い降りた。

「相変わらずよく喋る口だね」

「ししっ!泣くなら早く泣けよ。王子そんな暇じゃねーんだからさ」

「いつ誰が泣くって?」

「そんなの決まってんじゃん」

全く仲がいいのか悪いのか。このままではお互い手が出そうな状況だったので、「飛行機の時間があるので」と私はさっさと歩いていく。巻き込まれるのだけは避けたい。
ただ、ベルに賛同するわけではないが、私も少し心配ではあった。不在の間、この人はちゃんとやっていけるのか。私如きが居ても居なくても、変わらないというのが実際のところであろう。寂しい、と思うのは私の勝手なワガママだ。
私が居ない間、少しでも私を必要と思っていてもらえたら、──ああなんと、烏滸がましい。
無意識に、手を腹部に宛がい、ひと撫でする。私が今、ここに足を着いて、息が出来ているのは、紛れもなくマモちゃんのお蔭だ。必要とされているが故、私は生かされている。
小さな手が私の頬を撫でる。ベルに放った冷たい言葉と違い、子ども特融のあたたかなそれ。

「はやく、帰っておいで」

「はい。終わればすぐに」

「…勝手に死ぬ事は許さないからね」

「ふふ、分かっていますよ、マモちゃん」

私とあなたは、運命共同体ですから

満足そうに笑みを浮かべたマモちゃんは、ベルの肩へとその身を移す。お土産はスシがいい!と背中に投げられた言葉に苦笑してしまう。王子サマのワガママは、今日も健在だ。ナマモノのリクエストとは、中々ハードルが高い。お寿司の飴細工で勘弁してくれないかなと思考を巡らせながら、屋敷を後にした。
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