「メロンというのはですね、」

冷蔵庫から持ってきたメロン片手に、名前は包丁を詰まらなそうに弄ぶベルフェゴールにそう切り出した。勿論、「包丁を振り回さないで下さい!」と冒頭に付け加えて。「んー?」と適当に相槌を打つ辺り、彼がこの話題に興味がないということが窺える。そんな事お構いなしで名前はテーブルの上にメロンを置いて、ヘタの部分に触れながら続ける。

「このT字のヘタの部分が黄色っぽく萎れた状態になった時が食べ頃らしいですよ」

「へー」

なんとなく目を向ければ確かに、やや小ぶりなそれのヘタは名前の言う“食べ頃”状態になっていた。包丁を受け取り、名前はヘタを切り落とすべく、そっと刃をあてる。その持ち方が何処と無く危なっかしく感じて、嫌な予感がした。

「なあ、その持ち方、」

その言葉は最後まで紡がれることなく、喉の一歩手前でかき消された。


夜中のドルチェ


「……ッ!」

声にならない悲鳴が、名前の口から漏れる。痛いと言う余裕などなかった。バッと立ち上がって洗面台まで走っていき、水を勢い良く流して患部に当てる。透明な水が一瞬薄赤く染まり、排水溝へと流れていく。思ったより深く切ってしまったらしい。どく、どく、と指先が脈打つのが分かる。ある程度流したところで、名前はティッシュで患部を押さえ、リビングに戻ってきた。引き出しから救急セットを取り出し、開ける。傷は浅くはないが、絆創膏で事足りるだろう。ティッシュをそっと捲って見ると、思いの外パックリといった傷口が目に入った。うわ、と顔を歪めた名前の横で彼は無邪気に笑う。

「だから言ったじゃん。危ねーって」

「い、言ってませんよ!」

「ししっ!何泣きそうになってんの?」

「凄い痛いんですよ、血がドクドクしてますし…っ」

唯一の救いは、切ったのが左手の人差し指だったことだ。暫くは何かと面倒だろうが、利き手を負傷するのとは面倒の程度が違う。絆創膏を何とか剥がして患部に張ろうとして、その手は止まった。否、止められた。伸びてきた手が左手を捕らえる。ぐい、といきなり引っ張られて吃驚して名前はベルフェゴールを見る。彼は、興味津々と言った感じでじっと傷口を見ていた。ぎゅ、と握られた手に力が入れられる。圧迫されたことにより、血がじわじわと滲む。そして襲ってくる、痛み。

「いっ痛!痛いですってばッ」

「うしし!すげー」

「全然凄くないです。ほら、血が滴って…あ。」

ぱくり。そんな音が聞こえてくるようだった。指先に、生暖かい感覚。口に含まれた人差し指が、異様な程に熱を孕んでいるのが分かる。ちゅ、と勢い良く血を吸われて、慌てて名前は彼の口から指を抜こうとする。が、いくら引っ張ってもビクともしない。この細い腕の何処に、そんな力があるのだろう。

「べ、ベル!何してるんですか!汚いですよ…!」

「消毒。別に汚くねーし」

「い゙…!吸わないで下さい舐めないで下さいほんと痛いんですって!」

ざらざらとした舌が、傷口を舐める。それは優しく、時に抉るように。ぞわっと全身が粟立つ。痛いなんてものではない。じわりと目に涙が滲んだ。

「ししっ!良い顔」

「ひ、他人事だと思って…!」

「他人事だし」

べろりと最後に一舐めして漸く指を解放し、ベルフェゴールは名前から絆創膏を奪い取る。それを手際良く人差し指に張って、そっと名前に顔を近づけた。

「泣くなって」

「…痛かったんです」

「名前がイイ顔するからじゃん」

「意味分かりません」

僅かに滲んだ涙は、彼の舌に舐め取られる。そして、瞼にキスを一つ。たったそれだけの行為でピタリと止まってしまった涙に苦笑が漏れる。彼は泣かせるのも泣き止ませるのも上手い。

「……あ。メロン」

再び包丁を持とうとするが、「お前危なっかしーから駄目」とあっさり奪われる。暫くは彼の前で刃物は使えそうもない。包丁を適当な場所に置いて、彼はきらりと物騒な光を放つナイフを取り出した。見事な細工が施されているそれは、彼の商売道具だろうか。一瞬だった。スパッと乾いた音がして、丸いメロンが真っ二つに割れた。テーブルには傷一つない。

「わあ!刃物の扱い、お上手ですね」

「ししっ 誰に向かって言ってんの?」

「天才王子様、ですかね?」

「分かってんじゃん」

甘いメロンの匂いが鼻を擽る。半分なんて贅沢だが、今夜くらいいいだろう。一口食べて、満足げに名前は笑う。指の痛みなんて気にならない程、美味しいメロンだった。

「美味しいですね」

「普通」

「ふふっ。素直じゃありませんね」

「うっせ」

「あ!ヨーグルトを入れると、もっと美味しいんですよ」

そう言って立ち上がった名前が派手に転ぶまで、

あと数秒


09.09.18

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