深夜、誰もが寝静まる頃。闇と対抗するように光り輝く金色が、静かにベランダに降り立った。流石暗殺部隊の幹部、と言うべきか、気配も足音も完全に消えている。雲から顔を出した月の光が彼を照らし出して、それに応えるようにティアラがきらりと光った。
ロックはされておらず、あっさりと侵入者を招き入れた。これが偶然ではなく自分が何時来てもいいようにと、彼女がワザと鍵を掛けないでいてくれている事を彼は知っている。思わずニヤけそうになる頬を何とか出来る筈もなく、彼特有の笑みを浮かべてそっと中に入っていった。
無論土足ではない。ちゃんとブーツを脱いでいる。当たり前の事なのだが、少し前の彼なら土足のまま上がっていっただろう。彼自身気付かないうちに、少しずつ変わってきている。それは決して嫌なものではなく、寧ろ心地良いと感じる。

「名前?」

名前を呼んで、ベルフェゴールは「あり?」と首を傾げた。返事はなく、付けっぱなしのテレビから漏れる音声が、彼を迎え入れた。


夜の訪問者


ソファーに、気配が一つ。近づいてみれば、思っていた通り、名前がソファーの肘掛けの部分に寄りかかるようにして静かに寝息を立てていた。起きないだろうか。試しにツン、と頬を突付いてみる。眉一つ動かない。あどけなさの残る寝顔を見ていると、彼女が自分よりも年上だなんてとてもじゃないが思えない。テーブルの上にはテレビのリモコンと、彼女の飲みかけの林檎ジュース。グラスの中の氷は溶けて小さくなっており、ジュースの層と水の層が分離してしまっている。名前が寝てしまってから結構な時間が経っているのが分かる。テレビの音声が煩わしい。リモコンを乱暴に手に取り、一番目立つ赤いボタンをぽちり。こちらを見てにっこりと笑う人物諸共一切の音が消え失せた。少し、満足。もぞっと名前が小さく身じろいで革張りのソファーが音を立てる。期待を込めて視線を向けても、起きる気配はない。仕事で疲れているのは分かっている。しかし、今日は一度も彼女の声を聞いていないので、寂しいと思ってしまう。重症だとベルフェゴールは自嘲気味に笑う。まさか、自分がこれ程彼女に溺れているとは。幸せそうな寝顔。ずっと見ていたいと、思う。

「……ねみ」

くあ、と欠伸を噛み殺して。ベルフェゴールは起こさないように名前をそっと抱き上げる。流石にこのまま此処に寝かせておく訳にもいかない。風邪でも引かれては困る。足は自然と寝室を目指して歩き出す。その歩みに迷いはなく、彼がこの家に来慣れているのがよく分かる。軽い、と今更ながら名前の細さに吃驚する。力を入れれば折れてしまいそうな首や手首。思わず哂ってしまう。人を殺すことで快感を得ている自分が何よりも一人の女を殺めることを、失うことを恐れているなんて。ボスが聞いたら鼻で笑い吐き捨てるだろう。「このドカスが」と──。こればかりは認めるしかない。名前は殺せない。何があっても。

「…オレ、ヤバくね?」

そう言いつつも、口元の笑みは変わらない。自分の変わり様に笑えてくる。しかし、名前と過ごすことでこの先自分がどうなるのか、これには興味がある。どうせなら、行くところまで行こう。王子様は己の欲に忠実なのだ。

寝室に入る。中は当然真っ暗だ。しかし、電気は点けない。闇に慣れきっているこの目は明かりなどなくても何の問題もない。
一人暮らしにしては大きいセミダブルのベッドにゆっくりと下ろす。そのまま手触りの良いシルク地の掛け布団を引っ掴み、名前を抱きかかえながら包まった。ベルフェゴールは己の腕に名前の頭を乗せ、そのまま抱きしめて体を密着させる。そこから伝わってくる名前の体温がじわじわと体を侵食する。それが酷く心地よくて、眠気を静かに誘う。朝起きたら、名前はこの状況を見てどんな顔をするだろうか。うしし、と彼は意地悪く笑みを漏らす。
空いている方の手で名前の顎を掴んで上に向ける。「Buona notte」小さく呟いて口付けを一つ。そのまま夢の世界へと旅立つのに、そう時間は掛からなかった。


おやすみ
      そして、

09.09.10

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