ふと息苦しくなって、名前は目を開ける。夜明けが近いのか、部屋の中は薄らと明るい。何度か瞬きを繰り返して、欠伸を漏らす。寝返りを打とうとして、漸く名前は己の体が拘束されているのに気がついた。否、拘束と言うよりは抱きしめられていると言った方が正しいか。誰に、なんて聞くまでもないことだ。一体いつの間に、と呆れたように名前は息を吐くが、その口元は緩んでいる。枕だと思っていたものは、彼の腕だった。もう片方の腕は名前の背に回され、二人の間に隙間は殆どない。最近、こんなことがよく続いている。一人で寝た筈なのに、次に目を開いた時には当たり前のように隣に彼が居る。
ちらりと、名前はベルフェゴールに視線を向ける。耳をすませば聞こえてくる、安心しきったように深く吐き出される息。規則正しく上下する胸、薄らと開いたくちびるも、見慣れた。小さく身じろぐと、ピクリと彼の指先が反応を示した。次いで漏れる吐息を含んだ掠れた声に、思わず名前は俯いてしまう。

「ん……」

「あの…ごめんなさい」

「……なにが」

「起こしてしまって…」

「何で下向いてんの」

「あ、や、えと…」

「こっち向けって」

「いや、あの……っ!」

ぐい、と無理矢理顔を上げさせられると、当たり前ではあるがすぐ側に彼の顔があった。直視出来ず、こてん、と彼の胸に額を寄せると強い力で抱きしめられる。「名前」と呼ぶ掠れたその声に、頬が熱を持つ。部屋が薄暗くて助かった。多分、気づかれてはいないだろう。

「あ!ベル」

「なに」

「おはようございます」

「………」

「ベル?」

ベルフェゴールは名前を抱きしめたまま何も言わない。ふわりと香る彼の匂いに名前は目を細める。恐らく任務帰りなのだろう。少しだけ、ベルフェゴールが疲れているように見えた。
彼はいつもシャワーを浴びてから訪れる。それは身体にこびり付いた不快な血と臭いを消すためでもあり、何より汚れた手で名前に触れることを彼自身が快く思っていないのもある。
また、人を殺めたのだろうか。ふと、ベルフェゴールを見てそんな事を思うことが度々ある。彼のやっている事を正当化するつもりはないが、何処かで割り切っている自分がいるのも確かだ。彼は、人殺しだ。けれど、彼を怖いとは思わない。殺意が自分に向けられる事はないと分かっているからこそ言える事かもしれないが、例え彼にあの鋭利なナイフを向けられても、怖いとは思わないだろう。この人になら殺されてもいいと、名前は思う。それくらい、名前の中でベルフェゴールという存在は大きくなりつつあった。

「お疲れさまです」

「…ん」

「あまり、無理しないで下さいね」

少しだけ身体をずらして自分を包み込む腕から抜け出した名前は、間近にある彼の端整な顔にそっと手を伸ばす。頬に触れるとぴくりと彼の指先が反応するが、手を振り払うわけでもなく大人しくされるがままになっている。そっと髪に触れれば、きちんと拭かなかったのかしっとりと濡れていた。

「風邪、ひきますよ」

「そんな柔じゃねーし」

「タオル何処に置きました?」

「あっち」

と、ベルフェゴールは少し離れたところにあるテーブルを指差す。視線を向けると、確かにタオルらしきものが無造作に置かれていた。くあ、と欠伸を漏らす彼に名前は呆れたように溜息を吐く。どうして彼はこんなにも自分に無関心なのだろう。もう少しベッドでぬくぬくしていたいところだが、仕方がない。
起き上ろうとした名前を、ベルフェゴールは即座に腕を掴んで阻止する。力の配分を考えていないそれに、名前は「わ、っ!」と上擦った声を発してベルフェゴールの上に倒れ込む。強かに額を打ち、一瞬頭が真っ白になる。

「どこ行く気?」

「た、タオルを取りに…」

「要らねえって」

「でも……わっ!」

煩い、と言わんばかりに、ベルフェゴールは己の上に倒れ込んでいる名前をガッチリとホールドする。両手両足をバタつかせて抵抗を試みるも、力は益々強くなる一方で自分で自分の首を絞める結果となる。

「く、苦しいです分かりました何処にも行きませんから!」

「ん」

漸く緩められた力に名前はホッと息を吐く。まったく、この細い腕の何処にこんな力があるのだろうか。ごろんと隣に寝転んだ名前は困ったように笑って言葉を紡ぐ。

「風邪ひいても知りませんからね」

「ひかねえって。だってオレ王子だもん」

「屁理屈言わないで下さい」

「眠ぃ」と一言呟いて、ベルフェゴールは名前を抱き寄せる。目が覚めた時と同じように頭の下に腕を通して片腕を背中に回す。まるで抱き枕だと苦笑を洩らすが、名前に拒む様子はない。まだ時間は早い。もう少し眠ってもいいだろう。名前が目を閉じたのを確認して、ベルフェゴールはそっと額に唇を落とす。温かい体温に心地よさを感じながら、再び睡魔に身を委ねる。

sonno

良い夢を

11.02.05

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