ぐるぐるぐるぐる。体は横になっているのに、頭が揺さぶられているような奇妙な感覚。薬の所為なのか眠っている筈なのに、頭が酷く重い。その奇妙な感覚に耐え切れず、名前は薄っすらと目を開けた。
ぼやけた視界に映るのは、眩い銀色。状況を把握しきれていない名前は思うままに手を伸ばしその銀色に触れようとする。しかし伸ばした手は銀色を掴む手前で誰かの手に捕まえられた。この手は銀色の持ち主のものなのだとまだ覚醒しきっていない頭を無理矢理動かして考える。

「起きたのかぁ?」

上から降ってきた声には聞き覚えあがる。「スク、アーロ…さん?」と掠れた声で名前が囁くように言うと、呼ばれた人物がピクリと肩を揺らしたのが分かった。頭がぐらぐらする。起き上がろうにも、上手く力が入らない。まだ薬の効果が続いているのだろうか。
ふと名前は、自分の体に黒いコートが掛けられているのに気がついた。これが誰のものなのか、想像するのは難しくはない。未だ上手く機能していない頭を必死に動かして、名前は状況を把握しようと努める。此処が飛行機の中なのか、移動中の車の中なのかは、この限られた視界から判断することは出来ない。何せ見えるのは彼の端整な顔と眩しいほどの銀髪のみ。何故こんなにも、彼との距離が近いのだろう?そこで漸く名前は理解する。自分の頭が彼の膝の上に乗せられていることに。理解した瞬間、言い知れない恥ずかしさが込み上げてくる。力の入らない体を無理矢理起こそうとすると、それを察したのか「動くんじゃねえ」という言葉と共に呆気なく押し戻される。

「まだ寝てろぉ」

大きな掌が名前の視界を覆い隠す。じんわりと熱を持ったそれは酷く心地がいい。薬の効果もあって、名前はすぐに瞼を閉じて促されるまま眠りの世界へと落ちていった。
スクアーロはそっと手を放す。聞こえてくるのは規則正しい寝息だけ。イタリア到着まであと数時間。捲れあがったコートを掛けなおしてやり、獰猛さを隠した静かな瞳はあどけない寝顔を映し出した。


Piacere



「ん……」

ぱち、と目を開けると、見慣れない天井が目に入った。未だぼーっとする頭を軽く押さえ、名前はゆっくりと起き上がった。どうやらソファーに寝かされていたらしい。掛けられたコートに触れながらキョロキョロと周りを見渡しても、持ち主は見当たらない。ある物といえばテーブル、ソファー、花瓶に生けられた花、──そして蛙の縫いぐるみ

「………カエル?」

そう呟いて、名前は不思議そうに首を傾げる。ソファーの背もたれから覗き込むように、蛙の頭部がじっとこちらを見ていた。くりくりっとした大きな目が特徴的だ。何でこんなところに?という疑問を抱きつつ、名前はそっと手を伸ばした。が、触れる直前に突然伸びてきた手によって阻まれてしまった。いきなりの事に名前はびくりと肩を揺らして手を振り解こうとするがガッチリと掴まれたそれはビクともしない。

「あ。起きたんですかー」

「……わっ…!」

間延びしたその声とともに蛙のぬいぐるみが大きく動いた。視界いっぱいに広がった透き通るようなエメラルドグリーンの髪に暫し心を奪われる。愛らしい蛙のぬいぐるみを被ったその男の顔は無表情に近く、それが酷く不釣合いだった。髪と同じ色の瞳が細まり、それに反応するように体が強張ったのが分かった。

「見れば見るほど普通ですねー」

「え…」

「あんな堕王子のどこがいいんですかー?」

「えと、あの……」

問い詰めるような視線に耐え切れず、名前は距離を取ろうとするが未だ掴まれている片腕がそれを阻む。ばさ、と黒いコートがソファーから滑り落ちた。慌ててそれを拾い上げると、何かを思い出したかのように「あ」と声を上げた。

「あの……蛙さん?」

「蛙じゃないですミーはフランですー」

「あ…ごめんなさい。私は名字名前です」

「知ってますー。センパイが毎日のように名前名前言ってたんで」

うんざりしたような口調に名前は苦笑を浮かべるしかない。「それで、なんですか名前さん」と先程の続きを促された名前は無感情な浅緑の瞳をそっと見つめ返した。

「スクアーロさんは、どちらに?」

「隊長なら怒りんぼのボスのところですー。ベルセンパイも直に任務から帰ってくるんで、それまでミーが貴女のお守り役ですー」

「お守り……」

複雑な顔をしてそう呟いて、名前は眠そうに目を擦った。時差惚けというやつだろうか、先程から眠くて眠くて仕方がない。横になろうにもフランに掴まれている腕が邪魔をして身動きが出来ない。如何したものかと困りきった表情で名前はフランを見るが、無感情な瞳からは何も読み取れない。

「フランくん」

「なんですかー」

「…手、放してくれませんか?」

「放して欲しいですかー?」

「は、い」

その直後、フランはとん、と名前を軽く押し、同時に掴んでいる手を放した。いきなりの事に頭はついて行けず、ゆっくりと傾く体を止めることなど出来なかった。
軽い浮遊感の次に味わったのは鈍い痛みだった。声にならない息を詰めたような音が口から漏れ、同時に感じる頭部の痛み。薄っすらと滲む視界で見たのは、ソファーに移動してじっと見下ろすフランの姿だった。

「受身も取れないなんて、やっぱり徒の一般人なんですねー」

顎に指を添えてどこか納得したように彼はそう呟いた。助け起こす気はないようで、ゆったりとソファーに座ったまま動こうとはしない。頭を軽く押さえて体を起こした名前は涙目だ。フランはそれを見て「あ、大丈夫ですか名前さんー」と声を掛けるが、それには感情など一欠けらも篭っていない、ただの形式的な言葉のように感じた。

「大丈夫で…っ!」

びくりと名前は肩を震わせる。床に座り込む名前の両足を跨ぐ形でフランが目前に居た。気配どころか物音一つしなかった。これが彼の言う“一般人”との差だろうか。驚いた名前を見ても意に介する様子もなく、フランはそっと手を伸ばした。触れた髪の毛質の良さに思わず目を細める。ぶつけたであろう箇所に触れると特に力を入れたわけでもないのに名前の肩が跳ねた。それに面白いと反応を愉しむようにもう一度触れると今度は痛かったようで「い…っ」と声が漏れた。目に薄っすらと涙を溜めて痛みに耐える姿は酷く加虐心を煽られる。さて如何してやろうかと思ったところで、勢いよく扉が開いた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -