今日の天気予報は、晴れだった。序に言うなら名前の今日の運勢は堂々の1位だった。
全力で走りながら名前は恨めしげに空を見た。正にバケツを引っくり返したような土砂降りだった。傘など持っているわけもなく、今朝折りたたみ傘を持っていこうか悩んだ末、止めた自分が恨めしい。何が晴れだ、何が1位だ。行き場のない感情はそれらへと向けられる。頬に張り付いた髪が鬱陶しい。バレッタで一纏めにしているだけまだマシなのだろうが、不快感は拭えない。カバンは防水性なので中身が濡れる心配がないのが幸いだった。財布さえ忘れなければタクシーで帰れたというのに。絶対に今日の運勢は最下位だと名前は思った。水を吸ったスーツが重い。早くシャワーを浴びないと風邪を引いてしまう。滑って転ばぬよう細心の注意を払いながら名前は走った。



diluvio



「ふー、さっぱりした」

水の滴る髪をタオルで拭きながら名前はそう呟く。脱ぎ散らかした衣類を分けて洗濯機に放り込み、スイッチを押す。スーツは明日クリーニングに持っていこう。冷えた体も温まり、名前はすっかり上機嫌だ。風呂上りなのでTシャツにジャージというラフな格好で名前はリビングへと向かった。別にどんな格好でも良かったのだ。言ってしまえば裸でも。一人暮らしなのだから。しかし、リビングに入ってすぐ、ちゃんと服を着ていて良かったと名前は心から思った。
彼が居た。牛乳を飲みながらソファーにだらしなく寄りかかっている。何時の間に来たのだろう。鍵はきちんと閉めた筈なのに。名前が近づくと彼は牛乳の入ったグラスを傾けて一気に飲み干し、カタンとテーブルの上に置いた。そして真っ白な歯を見せて、笑う。

「よっ」

「いつ来たんですか?」

「ん。さっき」

そう言いながらベルフェゴールはちょいちょいと名前に手招きする。首を傾げつつもそっと近づくと彼は猫のように名前の首筋に顔を寄せた。彼の髪が首筋を撫でるように揺れ、名前は擽ったそうに身を捩るが引き離そうとはしない。

「名前、シャンプー変えた?」

「はい。…よく分かりましたね」

「ししっ 分かるに決まってんじゃん。匂いが違うし」

くんくん、と匂いを嗅がれるのは意外と恥ずかしいものだ。犬猫のような彼の仕草に名前は小さく笑い声を漏らす。

「あ。そういえばベルは雨に濡れませんでした?」

「当ったり前じゃん」

自信たっぷりにそう言われてしまうと、雨で見事ずぶ濡れになってしまった自分が惨めで仕方ない。そんな彼女の心情を悟ったのか彼は「なに、名前濡れ鼠になったわけ?」とニヤリと口角を上げて言う。「ええ、まあ」と言葉を濁すと、だからこんな時間に風呂に入っていたのかと彼は一人納得する。
髪から滴った水滴がポタリと落ちて彼のボーダーに染み込んだ。それに気付いた名前は慌てて肩に掛けていたタオルで拭こうとするがそれよりも早く彼がタオルを奪い取る。声を上げるより早く、ベルフェゴールは名前の頭にタオルを被せ、乱暴に拭き始めた。かき回すように、わしゃわしゃと。

「わ、ちょ…っ」

「じっとしてろって」

「じ、自分でやりますから…!わぷっ…」

「しししっ」

最初は乱暴だった手も、次第に髪の毛の一本一本を撫でるように優しくなる。時折手櫛で梳きながら、実に手際よく水気を取っていった。本当に彼は何でも出来るんだなあ、と心地よい感覚に支配されながら名前は思う。やはり、彼は彼自身が言うように天才なのかもしれない。

「ん。終わり」

「……わあ」

自分の髪に触れて名前は驚きの声を上げた。程ほどに長い髪は水気が殆どなく、手で梳いても引っ掛かることはない。タオル一枚でここまで出来るものだろうか。後数十分もすれば完全に乾いてしまうだろう。隣でタオルを弄る彼に素直に礼を述べれば、彼は満足そうに笑った。
彼の手が伸びてきて、ゆるりと頭を撫でられる。指を髪に絡ませて、優しく、触れる。ぽかぽかと温まった体にその刺激は正直きつい。眠気が心地よさと共に襲ってくる。「ガキかよ」とそれに気がついた彼が小さく笑ったのが分かった。

「だって…それ、気持ちがよく、て」

「コレ?」

「ん、」

気持ち良さと眠気に耐えられず、力を抜いた名前は自然とベルフェゴールに寄りかかる体勢になる。こてん、と名前の頭が彼の肩に寄りかかる。目は閉じられており、このまま話しかけずに放っておいたらすぐに寝てしまうだろう。ちゅ、と耳辺りの髪に口付けを一つ。感じる感覚と吐息に名前は小さく身動ぎする。彼の匂いが、安心感を生む。

「名前、寝んの?」

「……ん」

「じゃ、オレも寝よ。ちなみに、名前は抱き枕な」

「………う?」

恐らく、彼の言っている言葉の殆どは名前には伝わっていないだろう。まどろみ始めた意識では何を言っても無駄なのだ。「give-and-take」と意地悪く笑う彼の言葉も、聞こえてはいない。
打ち付けるように激しく降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。

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