ベルフェゴールがイタリアに発って早一週間。名前は久しぶりの一人の休日を満喫していた。有休と休日を上手く利用したことで彼女は今日から五日間の“プチ夏休み”だった。冷えた林檎ジュースを一口飲んで、しみじみと名前は呟く。

「平和ですねぇ」

ソファーで寛ぎながら、ぐっと思い切り伸びる。これから何をしようか。読書に勤しむのも良し、昼寝をするのも良し。数日間ではあるが久しぶりの自由時間だ。ふぁ、と欠伸を噛み殺して、名前はソファーに寝っ転がった。寝よう、とそっと目を閉じる。ピンポーンとインターフォンが鳴ったのは同時だった。


別れの


「……はい?」

チェーンロックを掛けたまま、名前はそっとドアを開ける。
刹那、「ゔお゙ぉい!」と唸るような大声が聞こえて、名前はビクリと肩を震わせた。紛れも無い男の人の声だ。怖くなった名前は相手の確認もせずにドアを閉めようとするが、何時の間にか隙間に男の足が挟まれており、閉めることが出来ない。

「名字名前、だな?」

「……そうです、けど」

ゆっくりと見上げると、眩しい銀色が視界に広がった。真っ黒い服に長い銀髪の男。獰猛な光を宿した鋭い瞳がジッと名前を見下ろす。名前はぎゅ、とドアノブを掴んだまま立ち尽くしていたが、やがて消え入りそうな声で「どちら様でしょうか」と訊ねた。

「スペルビ・スクアーロだ。取り敢えず、このドア開けろぉ」

「む、むりです!」

「あ゙ぁ?」

「み、見ず知らずの人をそう易々と中に入れるわけには…っ」

「蹴破るぜぇ」

一歩、退いたスクアーロを見てギョッとする。この人は本気だ。冗談じゃない、と名前は慌ててチェーンを外す。ゆっくりと開けられていくドアを見つめ、スクアーロはニッと口角を上げた。

「邪魔するぜぇ」

「はぁ」

「で、テメェがベルの女かぁ?」

意外な人物の名前を聞いて、名前は目を丸くする。──ベル?

「貴方はベルの…お知り合いですか?」

「アイツは同僚だ」

同僚、つまりは──同業者。彼もマフィアの一人らしい。ベルフェゴールの知人だと聞いて、名前は一気に警戒心を解いた。ホッと、表情が緩んだのを見てスクアーロは呆れたように息を吐く。幾ら殺意がないのだと分かっていても、相手はマフィア以前に男だ。一人住まいの女が、こんなんでいいのか。

「あ、今お茶淹れますね」

そんなスクアーロの胸中を知ることなく名前は彼をリビングに残してキッチンに向かう。それを目で追って完全に姿が見えなくなるとスクアーロはテーブルに置かれたままの飲みかけの林檎ジュースに目を向けた。

「………」

先手を打っておくか。
まだ戻ってくる気配がないことを確認して、スクアーロはそっと服のポケットに手を突っ込んだ。



淹れ立ての珈琲の湯気がゆらゆらと揺れている。ソファーにどかりと座ったスクアーロはそれを一口飲んでやや乱暴にカップを置いた。カチャ、と陶器の音がする。最初に口を開いたのは名前だった。

「それで、スクアーロさんは何用でこんな一般人の家に?」

「ベルと関わった時点でてめえはもう一般人じゃねえだろぉ」

「いえいえ私は誰がなんと言おうと一般人です」

「………」

「それで、ご用件は何でしょう」

やり難いとスクアーロは小さく舌打ちをする。こいつ、本当に一般人なのか。傍らに置いてある剣を最初に見せた時驚きこそしたものの、それは目を見開く程度の些細な反応で、しかもそれ以降は全くの無反応。剣を有って無いように扱う目の前の女の行動は、どう見ても一般人という枠に当て嵌まらないように感じた。

はて、と名前は首を傾げる。じっとこちらを探るように見つめてくる瞳には、なんとなく見覚えがあった。考えること数秒、そうだ、と名前は一人納得する。これはベルと同じだ。彼も初めて会った時、こんな視線を自分に向けた。少しだけ懐かしくて、小さく笑い声を漏らした名前をスクアーロは訝しげに見た。


「オレと一緒にイタリアに来てもらうぜぇ」


暫しの沈黙の後、スクアーロはそれだけ言って黙り込んだ。名前は予想外の言葉に林檎ジュースを飲もうとグラスを持った状態のまま固まる。そのグラスに目を向けてスクアーロは自分のタイミングの悪さに内心舌打ちをした。面倒臭ぇ、早く飲んじまえ。それが彼の本音だ。

「何故、私がイタリアに?」

「テメェがベルの女だからだぁ」

「…あの、話が見えないんですけど」

「あっちじゃお前の話題で持ち切りだぜぇ?日本にベルの女が居るってな」

「………え」

つまりは、こういう事らしい。帰国後、ベルフェゴールは日本で起こった事の経緯(主に私の事)を自慢げに言いふらし、それが気まぐれなボスの耳にも入り、連れて来いと──。スクアーロの話をそう纏めて彼を見ると「大体そんな感じだぁ」と適当な返事が返ってきた。彼にとっては事の経緯なんてどうでも良いのだろうが、こっちはそうもいかない。

「…話の流れからして、この場合ベルが来るのが妥当なんじゃ…?」

「アイツは別件で出払ってる」

だからオレに回ってきたんだぁ、と苦々しげに彼はぼやいた。それを傍観しながら、名前は折角の休暇がパアになる予感を覚えて溜息を吐いた。

予感

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