二人しかいない密室の部屋に、置かれた純白のシーツに包まれるベッドが二つ。
その内の一つのベッドに、大の男の二人分の身が、ギシリと悲鳴をあげる。
しかし、それは残念ながら情事を重ねる為でなく、本当に『寝る』為の行動によって起きた音であった。


時間を少々遡ると……。
ここのトコロ順調に宿に辿り着いては、二人部屋が取れるため、悟浄の夜の事情もほぼ毎日順調。(お相手は勿論、八戒だ)
そして今夜も例外なく二人部屋で二人きり。
わざわざお互いに口に出すのは無粋かのように、自ら先にシャワーを浴びた後、八戒も率先してシャワーを浴びに出る。
本当は一緒に入っても良かったが、八戒は一人で浴びたいと口にしたので今回は八戒の意思を尊重したのだ。
シャワー室という狭い場所でも良いが、やはり動きやすいベッドの上の方が何かと都合が良いに決まっている。
そんなニヤついた顔を隠す事もせずに、一筋の紫煙が昇るハイライトを咥える。
すると、シャワーを浴び終わった証として、淡く湯気立つ身体から、頬に僅かな上気が浮かび上がっている八戒が戻ってきた。

「八戒」

ベッドに腰かけたまま、悟浄は、天然の艶めかしい姿で現れた八戒を呼ぶと、整った顔が柔らかな笑みを向けてかける。
さぁて、これからはお楽しみの時間の始まりだ。
これから起こそうとしている甘美の時間に、油断すれば顔の筋肉が緩みそうになる。
そうなる前に、吸いかけの煙草を灰皿で消し、さっさと来いとばかりに悟浄は八戒に向けて手を広げた。
言葉にしない誘いに八戒は直ぐに理解して、悟浄へと足を進める八戒。
手を広げて待ち焦がれている悟浄の元……、でなく。
その隣のもう一つのベッド、つまり八戒に宛がわれたベッドに身を乗り出した。

「おやすみなさい、悟浄」

そしてなんとも輝かしいばかりの美しい笑みだろうか。清々しさすらも感じる。
余りにそれらが強調し過ぎて、悟浄は呆けているほどに。
そんな悟浄の様子を知る由もなく、八戒はベッドに一人沈んでいった。

−−あまりの唐突ぶりな予想外の言葉に、悟浄は今だに口を開けたまま唖然となっていた。
口を開けたまま硬着している姿は、客観的に見てかなり滑稽に写っているだろう。

「ちょ、オイっ、そりゃあねぇだろ八戒!」

ハッと我に返り、悟浄は慌てて眠ろうとする八戒の身体を揺らした。
それもそのはず。悟浄の下半身は既に、臨戦体制に入っているからだ。
『こんな形でおあずけを喰らわされるなんて冗談じゃない』と、悟浄は慌てて八戒を起こそうと身体を揺らし続ける。
その甲斐あってか、八戒は如何にも眠そうな顔を向けてきた。

「……何ですか?」

静かに低音で話す時の八戒は、かなり機嫌が悪い時だ。
しかし、それを臆する事なく悟浄は返事する。

「何ですかじゃねぇよ。何一人で寝ようしてんの?」
「ハッキリ言いますが、僕は日中の運転+刺客撃退で疲れてます。だから、おやすみなさい」
「だぁからぁ〜、寝るなって!」

再び掛け布団を深く被った八戒に、悟浄はまたひたすら布団に埋まった細躯を揺らし続けた。

「−−明日に備えて、僕は疲労を寝て回復したいんです」

今度は布団から顔を出さず、そのまま声を発したせいでくぐもっていた。
どうやら、顔を合わせるのも億劫になるほど眠気が八戒を襲っているようだ。しかも、語尾が少しつづ小さくなっていることから、いつ夢の世界に入るか分からない様子だった。

「俺はヤって疲労回復したいの!」
「……僕はゆッッッくり、と充分な睡眠でしか疲労回復出来ませんので」
「ンなつれねぇコト言うなって、なぁ」
「あのですね……、ジープの事も考えてから言って下さい。最近なら、毎日のように悟空達の部屋に避難しているんですよ?」

今度はちゃんと上身を起き上がらせた八戒は、『小動物に気を使わせてどうするんですか?』と非難する目つきでそう言った。
そこでようやく悟浄は、八戒のベッドのシーツの中から顔を覗かせる、ジープの姿を確認する。
お前いつからいたのよ、と悟浄は内心思った訳だが。
悟浄が鈍感なだけで(もしくは八戒しか眼中に無かった)、本当は二人部屋が決まって部屋に入った時から既にジープはいたのだ。
次に最後に八戒が口にした内容に、そういえばと、記憶の片隅までを辿れる。
確かに、ここ最近は宿の部屋に入ってから、ジープの姿がなかった事にようやく気がついた。
あぁなるほど、奴なりに主人の気をつかっての事だったのかと、大して気に止めていない悟浄だった。

「分かった。一回で済ますから、その間ジープには少しだけ退場して貰ってだな……」

悟浄が何気に酷い事を口にした瞬間。
目を大きく見開いたジープは、特有の鳴き声を短く発した後、八戒を見上げた。
せっかく今日はご主人様と寝られる思っていたのに……、と言いたげに。
小さな双眸から伝わる不安を感じ取った八戒は、ジープを安心させる為、八戒は小鳥を撫でるような手つきで背中を撫で始めた。
そして、ジープに向けられた純粋な優しさを込めた眼差しから、今度は明かに外敵から雛を守る親鳥の目つきで悟浄を見据える。

「……あんまり僕らの安眠を妨害するようでしたら、寧ろ悟浄に退場して貰いましょうかねぇ?」
「う……っ」
「それに、悟浄は今までそう言って、約束を破るのがほとんどじゃないですか」

八戒の鋭く容赦ない言葉が身に刺さり込み、ううっ、と言葉を詰まらせてしまった悟浄。
もうほとんどそう言われると言い返せない悟浄であった。
しかし残念ながら、このまま引き下れるほど悟浄は潔い性格ではない。
寧ろ八戒いわく、かなりしつこく、執拗に迫って事を運ぶタイプなのだ。
悟浄も、本当なら強引にいきたいのが山々だが、一度だけ本気で嫌がる八戒の意志を無視し、事を進めてしまった時があった。
だがその時に、終わった後の報復は非常に悍ましく、思い出しただけで夜道が歩けないほど、−−恐ろしかった。
その要因もあって悟浄は、強引に踏み切れないのだ。
後に待ち受ける報復が恐ろしすぎで。
しかし、いくら報復が恐ろしいと分かっていても、下半身はまだまだ臨戦モードを継続してため、悟浄はなかなか諦めきれないのだ。

「……分かりました」

ジープを撫でる手を休ませず、諦めを含めた嘆息を吐いた。
悟浄の諦めきれない様子は見て分かりやすく、八戒は仕方ないと妥協、もしくは譲歩する気になったのか。
ようやく観念したかと悟浄は早速とばかりに、八戒に触れようとするが、あえなくその手を跳ね退けられてしまった。
一瞬何をされた分からない悟浄に、八戒は何事も無かったように笑みを浮かべる。

「一緒に寝ましょうか、悟浄?」

八戒のやっとの申し出だが、悟浄は眉を潜めた。
何故なら、不気味にゆっくりとした話し方をする八戒は、大体は憤慨しているか、何か思惑があるかのどちらかだからだ。
しかも、先程手を跳ね退けられたのだ、微笑みを向けたまま。
人が良さそうな優しい笑み顔が、また更に磨きをかけた極上の微笑み。
これに騙されて、今までどれだけの恐怖感を煽らえたか分からない。
これらの理由から悟浄は、目の前の人物に身構えているワケであるが。
その様子に八戒はクスリと笑みを零した。

「警戒しなくても、取って食ったりしませんから」
「……本当かよ」
「えぇ、僕が言った言葉通りです。一緒に寝ましょう? ベッドの上で−−」

−−そして、結果が冒頭のコレだ。
先程の八戒が口にしたの『一緒寝る』は、同じベッドでただ共に寝るだけ。
だからお互い、衣服はちゃんと身につけている、非常に残念ながら。
なんて、至って健在すぎるベッドの過ごし方。
当然、悟浄にはこの健全過ぎるベッドの過ごし方、不満タラタラに感じている。

「なァ、八戒」
「却下です」

悟浄からの言葉を一切許さない、ハッキリとした返答だった。

「まだ何も言ってねぇジャン……」

逞しい腕を枕にし、悟浄から後頭部を向けている八戒に、悟浄は力無く呟いた。

「悟浄が今言おうとしている事なんて、嫌でも分かりますから」
「へぇ、……じゃあ俺が言おうとしたコトって、何だと思う?」

八戒が反対を向いている事をいいことに、悟浄は忍ばせた片手をスルリと隣の体に移す。
服越しでも男の割には、細く感じさせる身体の感触を堪能していると。
身体に触れてくる無骨な手を、八戒は悟浄の意思に答えるように触れ返してきた。
指先から伝わる冷たさや、己の手に絡みついてくる手の感触に、気を良くする悟浄、だったが……。

「そうですねぇ。僕に手の甲を抓られたい、とか?」
「イっ、ててでぇっ! 痛いって!」

穏やかな声の最中に、手から急激な痛感を感じた悟浄は短い悲鳴と共に、瞬発に手を引っ込めた。
抓られた手の痛感が去るのを待っていると、二人の間に沈黙が流れる。
たまに八戒の傍らにいるだろうジープが、もぞもぞと動く音ぐらいしかしない。
それほど静かな空間が落ち着かない悟浄は、先に沈黙を破ってみた。

「……センセェー、沙悟浄君がヨッキューフマンで、今にも暴れそうデース」
「そうですか。じゃあ、その問題の部分を今すぐに切除しましょうか?」

柔らかな口調のはずが、冷水の如く冷淡な提案を口にした八戒。
余りの静さに、寝てしまったかと思ったが、どうやら予想は外れたみたいだ。
寝ていたと分かったら分かったで、悟浄は好都合だと思う思惑が、お見通しとばかりに、恐ろしい事を八戒は口走ってきた。

「……遠慮しときマース」

変に逆らえば本気で実行に移されそうだと、何とも情けないという自覚はありながらも、八戒にはやはり逆らえない悟浄である。

「そんなに欲求を満たしたいなら、酒場か賭場に行って、お得意の種蒔きでもなさったらいかがです?」

ふうっと長い息を吐き出しながら、口に仕出した。
確かに街の規模は大きく、賭博場も豊満な美女が集まる繁華街もある。
八戒が呆れるほどそこまでしたいなら、外で性欲処理は問題解決になるはず。
しかし、悟浄はあえてその選択を選ばずに、こうして八戒といる選択を選んだ。
理由は至って簡単。
外で性欲処理する必要性がないからだ。
実は最近、不思議と色への欲が緩和された、気がする。
別に興味がなくなったとかではなく、今でも好みの美女が通り過ぎただけで目を追っている。
不能にもなったわけでもなく、今恐らくこの場で美女が誘いをかけてくれば、進んで直ぐにその柔らかな肌に触れているだろう。
しかし昔の渇望に似た色欲が、いつの間にか緩和され、何処か心にゆとりが持てている自分がいる。八戒を除けば。

「ナニお前、もしかして妬いてるの?」
「−−何で、そういう結論になるんです?」

茶化す言葉で返すと、数秒間の寡黙が続いた後、質問を質問で返された。
本人が見ていない事を良い事に、悟浄は思わずニヤついてしまう。

「まぁ、安心しろって。気分的に、外でスる気も乗る気もねぇから」
「何が安心ですか。勝手に捏造して、話を完結させないでください」

ゴソゴソと寝返りをうち、腕に顔を乗せた状態で八戒は悟浄と向き合わせた。
間近に写る、男にしてはやけに綺麗な顔立ち。
今は呆れを滲ませる表情だが、普段は穏やかに清列で、時に驚くほど脆く、儚い仕草を見せる。
現在はモノクルを外し、双眸の青緑は、いつ見ても飽きる事は美しさを秘めている。
今まで口説いてきたどの美女達よりも、純粋に綺麗である。陳腐な言い回しだが、それ以外の例えが思い浮かばない。
実は最近、今まで好みの美女に向けられる色欲が、どうも最近この八戒に全て集結している気がしてならない。
抑制された欲も、何故かこの八戒だけには適用されない。
むしろ今まで以上に渇望感が襲い、身を焦がすほどの衝動に陥る時が多々ある。
許されるなら毎日抱きたい。抱き潰したい。
今まで女を抱く時には決して湧かなかった、黒く悍ましい感情。
最近、この男を抱く度にそんな感情が神経を通して脳を焦がしていくのだ。

「−−悟浄?」

八戒を一点も逃さずに見続け、急に寡黙になった悟浄に、八戒は怪訝の念を向けた。

「なに?」

呼ばれた声に、すぐ返事を返した。

「それはこっちの方です。何か言いたい事があるなら、言ってくれないと分かりません」
「べつに〜」

至近距離で見据えてくる青緑の双眸から逃げるために、悟浄は瞼を閉じて言った。
これ以上目を見られたら、まるで思った事全て見透かされてしまうと思ったからだ。
すると、ある種の諦めを感じたのか、八戒は焦げ茶の髪を悟浄の首筋に擦り寄せてきた。
器用な事に腹部辺りに寝かせたジープを、二人の身体に圧迫させないように。

「お前ってさァ、たまにネコみたいな事するよな」

恐らく無意識だろう仕種に、思わず思ったままの事を口にした。
それはまるで気まぐれな飼い猫が、主人の懐に寄って身体を擦りつけてくる時に似ている。
無意識にしているなら、相当な性悪だ。
すると、少し間を開けた八戒は柔らかく返事した。

「ネコ、ですか。じゃあ悟浄は犬ですかね」
「なんで?」
「だって、よく舐めたり身体の匂いを嗅ごうとするじゃないですか」
「あぁ、なるほど〜。今、お望みなら濃厚な愛情表現を示せるケド?」
「過度な愛情表現を示すワンちゃんには、身をもって体感出来るしつけを施しますか」

クスクスと聞き心地がよい笑い声がした後。
直ぐにまた八戒から口が開いた。

「僕は結構好きなんですけどね」
「何が?」
「こうやってただ一緒に寝るのが、ですよ」

至近距離からでも小さく聞こえる呟きだった。
しかも、何処か艶を帯びた声。
しかも言葉と共に吐き出された吐息が、密着する服の隙間から肌に伝わる。
それだけで背筋に戦慄を走らせるのに、さらに逞しい筋肉がついた身体を、服越しに細い指先がゆっくりと辿るように撫でてくるのだ。
『おあずけ』を喰らわしておいて煽るなと、悟浄は内心ぼやいた。
タチの悪い指先を悟浄は捕らえ、音をたてるように綺麗な手に唇を落とした。
唇と掴む手から伝わるのは驚くほど冷たさ。
元々体温が低い八戒の手だが、悟浄はこの綺麗な手に伝わる冷たさが、心地良かった。

「俺は物足りなーい」
「少しは性欲抑制する訓練になるんじゃないんですか?」
「訓練する前に、干からびて死ぬつーの」
「困った人ですねぇ、ホント」

大して困ったように聞こえない柔らかな物言いを、そのまま黙って聞き入れていた。
まだ冷たさが残る手を握り、悟浄は己の頬に置く形に持っていった後。
また沈黙を保ち、再び悟浄から沈黙を破った。

「……ま、最近は毎日順調なペースだったし。たまには八戒のペースに付き合ってやるわ」

正直にいえば、まだまだ下半身は下火で待機しているが。
ベッドに入ってからそれなりに時間が流れ、日中の疲労、ベッドと隣の温もりに段々と眠気が誘ってきたのも事実。
それに、明日が世界の滅亡となりえない限り、八戒とはまたいつでも出来るのだ。
そう踏んだ悟浄の言った言葉に、八戒は少し目を見開かせていた。

「悟浄が僕に合わせてくれるなんて、明日の天気はどうやら雨ですね」
「どーいう意味よ、ソレ」
「珍しい事もあるものだなぁと思いまして」
「あのね、お前俺を一体なんだと思っているのよ」
「絶倫エロ河童」

間髪入れずに言われた言葉に、悟浄は思わずガクリと力が抜けた。
しかも、あながち外れていないから言い返せない。
それから短い会話を続けていくと、先に返事が返らなくなったのは意外にも八戒だった。
聴覚に全神経集中させれば、僅か下方から静かな寝息が耳に入った。

「八戒?」

試しに呼んでみるが、返事が返ってくる様子がなかった。
代わりに返ってきたのは、やはり静かな寝息だけだった。
少し俯きに目を閉じた表情はとても穏やかに写る。
そして、何処か幼く、無防備にも見える気がした。

「−−おつかれサン」

細い肩が少しでも冷やさぬように、深く掛布団をかけながら呟いた。
よくよく考えてみれば日中運転して、襲撃してくる妖怪を渡り合い。
街に着いたら買い出し、宿に戻れば三蔵と今後の旅路の相談。
特に八戒の気を使っての戦闘スタイルはただでさえ疲れやすいのに、更に日中で疲労が蓄積されていく。
しかし、我慢強く意外と意地っぱりな八戒は決して疲労を表情に出すことはない。出す事は八戒自身が許さないからだ。

(でも、バレバレだけどな)

こんなのに引っ掛かるのはあの猿ぐらいなもんだ。

「おやすみ、八戒」

前髪を分けて額に唇を落として、そう呟いた。
もしこれで狸寝入りをしていたら結構キザッたらしいと、思うが考えたら後の祭りだ。
しかし、こんな日も悪くねぇか。
そう思いながら、八戒の間にいるジープを抱き潰さないように、細い躯を己へと抱き寄せて瞼を閉じた。





いっしょにねてみた。
(すっげえ物足りないけど、たまにはいいか)







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