あれは雨の降る深夜。
人気の無い横断歩道前で、傘を差さずに茫然と立ち尽くす男がいた。
雨で見えずらい暗い視界でも、分かった深い青緑の双眸。
その双眸と目が合った瞬間。
通り掛かる車に飛び出そうしていた奴の腕を、気が付けば掴んでいた。

−−そして。
男と出逢ってから、もうすぐ一年になろうとしている……。






「ソレ、何?」

日課となっている夜の出稼ぎに行く気になれず、四六時中に家でゴロゴロしていた時だった。
大体夜の決まった時間に帰ってくる同居人、八戒が奇妙な生き物を連れて帰ってきた。
白銀の毛に片手に抱えられる小柄なサイズの生き物。
見れば腹部らしき箇所に、包帯が巻かれている。
そして、『ソレ』はどう見ても犬や猫ではない。
ましてインコやフェレットなどでは決してないはずだ。
何故なら……。

「……竜、ですかねぇ」

−−ですかねぇ、じゃねえよ。
連れて来た本人も認めるその生き物は、コウモリのような白い翼、首長頭、尖った爪先は正に竜のような生き物。
恐らく中型犬よりも小さい。

奇妙な生き物は赤い瞳を悟浄に向け、不思議そうに見ては首を傾げてまた見ている。
そして、再び八戒を見ては『キューっ』と動物みたいに鳴きだす。
恐らく動物好きには、愛らしくて堪らない仕草と鳴き声だろう。
小動物(?)に向けている優しげで、まるで母性(?)が溢れんばかりの八戒の微笑みは、悟浄が今まで見てきた八戒とは、また異なった一面を見ることが出来た気がした。

……話がかなり脱線してしまった。

(何、のんびりしているんだ。仮にも竜だぞ竜)

竜なんて生き物は、ファンタジーの世界にいる架空の生き物であり、こんな近代社会にいるはずがない。
確かに、世界は限りなく広い。
探せば未知なる色々な生き物も存在するのだろうが、面倒なので探す気などサラサラない。
探さなくても、現に今この目の前に現れてしまったが。

「仕事の帰り道に、通り掛かった道端で怪我していたのを偶然見つけたんです。血が出ていたモノですから、ハンカチで止血して、急いで近くの動物病院に駆け込んだんですよ」

聞いてもいないのに、変な生き物の出会いから、今迄の過程までをご丁寧に説明してくれやがったが。

竜を連れて動物病院に?
オイオイ、動物病院ってのは犬や猫、インコやハムスターとフェレットとかを診て貰う施設であって、竜を診る所じゃないはずだぞ。
もしかして無知なだけで、今は当たり前にいる生き物なのか?
……いいや、これでもギャンブラー(自称)を職に持ち、常に流行に敏感なこの俺様には、そんな奇天烈な流行も出来事も耳に入った事がない。
怪我した生き物を助ける精神はご立派だが、それにしたって竜だぞ竜。

そんな様々な思いの丈を打ち明かしたいのは山々だが。
八戒のこの(恐らく)竜に対する危機感の無さに、『もしかして、やっぱり俺の感覚が可笑しいだけか?』と、ますます混乱で頭がショート寸前である。

「獣医さんによれば、出血で少々の貧血気味なので造血剤を頂きました。でも、見た目よりは大した怪我ではないみたいで、直ぐに良くなるって言ってました」
「……あ、そう」

今更ながら、獣医のプロ精神に感心させられる。
例えどんな生き物でも、怪我をしていればすかさず治療に全力を尽くす、そんな仕事熱心さは、悟浄には決してマネが出来ない。
悟浄はタバコをふかしながら、少し遠い所に見つめこう思った。
医者は怪我していた竜のような奇妙な生き物を、連れて来たこの天然記念物の天然兄ちゃんをどんな目で見ていたのだろうかと……。
そんな明後日の方向を見ている悟浄に向けて、八戒は恐る恐る申し出を口にする。

「悟浄、せめてこの子の容態が万全になって、里親が見付かるまでココに住まわせて貰えませんか?」
「飼わねぇの?」
「え、いいんですか? てっきり反対するかと思っていたんですが」
「……なんで俺が反対しなくちゃなんねえの?」

『別に動物、嫌いじゃねぇし』と後から足していつものノリで言うと、八戒にかなり意外だとばかりな顔をされた。
かなり失礼だぞ、お前。
それに、己の感覚がおかしくなければ、竜を里親に貰ってくれる奴はあんまりいねぇと思うぞ。

「ありがとうございます悟浄。良かったですね、ジープ」
「……ジープ?」
「見た目に寄らず、なんとジープにまで変身出来るんですよ、この子」

ねぇ、ジープ。
向かい合わせにそう呼びかけ、まるで我が子を可愛がるような甘い声と微笑みを向けている。
その小さな生き物『ジープ』と名付けられた白い竜は、『キューっ』と鳴き、まるで八戒の言葉を理解したかのように可愛らしく返事をした。
そしてもう一つ思った事は、意外にこの同居人はネーミングセンスが無いことを初めて知った。

(マジで、一体なんなんだよ、その生き物)

竜という実在しない生き物な上に、さらに車にまで変身する(らしい)。
最早悟浄はこの天然にツッコミを入れても、無駄だと諦めを感じたので、喉まで出かかっていた切実なツッコミをやむなく飲み込んだ。

(まぁ、見た目よりも無害そうだし。八戒が飼いたいって言うなら別に良いけど)

夜になると決まって悟浄はギャンブル(悟浄の唯一の稼ぎ口)に出かける為、いつも八戒一人で留守番をさせているしているのだから、こういうのもいいだろう。
動物好きな八戒だし、しかも世話を焼くのが好きだから、我が子のように可愛がるかもしれない。
甲斐性皆無の悟浄の代わりに、家事全般をやってくれる八戒には、口にはしないが実は感謝はしている。
しかもあまり頼み事などしない、八戒からのささやかなお願い事だ。
奇妙な生き物の一匹や二匹を飼う事ぐらい、どうって事はない。

悟浄からの許しを得て、微笑む八戒と先程名付けられたばかりの『ジープ』の姿を見て、ついフッと歯を零す。
そんな時、口にくわえたタバコを瞬間的に取り上げられた。

「この子と一緒に暮らすとなれば、せめて怪我が治るまで、全面禁煙でお願いしますね、悟浄?」

誰もが見惚れる笑みなのに、この八戒の表情を見ると何故か反論出来ずに言葉が詰まる。
相手を黙らせる何か不気味な力が八戒にはあるのだろうか……。

−−まぁ、とりあえず。
こうして沙家(?)に奇妙なペットを飼う事になった。
因みに、重度の喫煙者には痛恨の禁煙通告から、怪我が塞がって解除されるまで、約二週間掛かった……。





ペットを飼うコトになった。



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