後編




ポカポカの陽気が窓から入ってくる

前回の討伐で使用した武器・医療器具云々の請求書に判を押す

紙の擦れる音、ペンの滑る音しか響かない執務室で永繕は黙々と職務をこなしていた


「・・・け、んれん」


寝返りをうった天蓬の口から出た捲簾の名に永繕の頬が緩む

今まで、どれだけの苦汁を嘗めてきたのか、想像するのは難しい

そんな天蓬がようやく『心許せる相手』に出逢い、満ち足りた日々を過ごせるならそれで良いと思う


「・・・だぁーいすきぃ・・・」

むにゃむにゃと幸せそうな寝顔に永繕は笑った

元帥という軍で最高位にあたる任に就いている人物の寝言とは到底思えない

無邪気すぎる天蓬はやはり第一小隊の『癒し』なのだろう






永繕が決算報告書の作成を終えた頃、捲簾が会議から戻ってきた

ガリガリと頭を掻いてる捲簾を永繕はきょとんと見上げる

「どうかしたんですか大将」

「・・・おとーさんの視線が痛かった」

『鬱陶しい』と言わんばかりの嘆息に永繕は敖潤との今朝の会話を回想し、頬を引き吊らせた

「・・・燃料(酒瓶)もぶら下げてねーし、態度も普通だったんだがなぁ」
何が悪かったのかねぇ

天蓬の隣に腰を下ろし、煙草を取り出す捲簾に永繕は言おうか言わまいか迷ったが、結局何も言わない事にした

わざわざ火種を蒔く必要はない


「コイツずっと寝てた?」

「ええ、ぐっすりと」

「そっか」

煙草をくわえ、寝ている天蓬を見詰める捲簾の眼差しは『優し』かった

日頃から天蓬の機嫌をわざと損ね
『意地悪、サド、ロリコン、性格破綻者、苛めっこー』
等と罵倒されているとは思えない程、愛しくて堪らないという瞳で見ている

寝汗で首筋に張り付いた髪を払う、手の仕草だって大切な物を丁重に扱うかのようだ

「扇風機、あったけ?」

「去年、大将がブチ切れて壁に叩き付けたのでありません
クーラー、付けますか?」

「・・・コイツ、クーラーだと直ぐ喉ヤらるから扇風機無いならいい」


肩を落とし、永繕は席を立った
簡易キッチンから『タオル』を
書棚から『うちわ』を1つ取って捲簾に渡す


「暑いのでしたら扇いで上げて下さい」

「お、こんなんあったんだなー」

「・・・大将と元帥の下界での土産の1つですよ」

「ああ。だから『旅割』って書かれてんだ?」


まじまじと捲簾が見ている『うちわ』にはでかでかと『旅割』と書かれていた

裏には飛行機と会社名があることから店頭で無料配布されていたのを
好奇心旺盛な天蓬が貰ってきたのだろう


「天蓬起きたら水分摂らせたいんだけど、
ポカリあったっけ?」


うちわを扇いで天蓬に風を送りながら捲簾が問う

「確か・・・戸棚に(スポーツドリンクの)粉末はあったかと
用意して冷やして置きましょうか?」

「助かる」

永繕に話かけてはいるが、捲簾の視線はずっと天蓬に向けられたままだ

天蓬が起きている時には絶対にやらないであろう行動に永繕は『素直じゃない』と正直に思った






すやすやと天蓬が眠っている間、捲簾は傍から離れなかった

プカァと煙草を吹かし、珈琲を啜り、雑誌をペラペラ捲りながらも天蓬の隣に居る

「・・・大将、暇で時間潰してるなら書類片して下さいよ」

本日の主要業務はこなしたとしても、雑務は日々積み重なっているのだ

ジト目で永繕が不満を言っても捲簾はちっとも気にとめない


「天蓬が起きてから片付ける」

ニッと漆黒を細める表情はまるで子供だ

「・・・そんなに元帥がお好きなら起きてる時に『傍に』いて下さい
そしたら、元帥も喜ぶでしょうし」


盛大なため息を吐いた永繕に捲簾は「は?」と首を捻った

「何で起きてる時にコイツの傍に居なきゃなんないんだよ?」

「・・・・・ぇ?」

今度は永繕が驚く番らしい
パチパチと目を瞬かせ、口をあんぐりと開けている

「起きてたら何かしら、テメェの趣味に走ってるような奴だぜ?
別に俺が居なくても良いだろ」

「・・・・」

起きてたとしても、天蓬は捲簾を必要としている

『起きている』からといって、天蓬が『寂しさ』を感じない訳がない

だが、天蓬が寂しいと思えば、捲簾は必ず何処からかやって来ていたような気もする


「・・・・でしたら今すぐ元帥の夢の中にでもどうぞ」

「それ名案っ!!」

ゲラゲラと腹を抱えた捲簾に永繕はやはり口を閉じる事が出来なかった


(・・・・上に立つのって、やっぱ奇人変人ばっかなんだな)


『元帥の事を言えた義理か』と突っ込もうとしたが、突っ込みを入れたとしても
根本的な考え方が違いすぎるので捲簾は理解しないだろう

そして、こうも思った


(・・・俺はただ単に大将の惚気話を聞かされただけなのか?)

とも







天蓬が昼寝(?)から覚めたのは定時の鐘が鳴ってからだった

丸くなっていた体を隣の捲簾を蹴り飛ばす勢いで伸ばす

「ぅう〜ん!!良く寝たぁ!!」

スッキリと目覚めた天蓬の機嫌はかなり良い

『これが毎朝続けばなー』と永繕は昼寝後の天蓬にひっそり願った

天蓬が起きた事に捲簾はソッと立ち上がるとキッチンに向かう

・・・・やっぱり大将は謎だ

『天蓬の奇行』に慣れてしまっている永繕に『捲簾の対応』なんて出来ない

マニュアル人間だし、捲簾の行動を理解しても永繕には特が無いのだ(護衛しなくても良い人物だし)


「さぁて、チャイムも鳴りましたし帰りましょうかっ!
・・・ぁ、でも一服してたから」

「・・・・・・」

白衣の両ポケットに手を突っ込み天蓬は煙草を探した

天蓬の探し物は目の前のテーブルに置かれているのだが、

全く気付かずに『むむっ』と眉を寄せ天蓬は身体中をペタペタ触りながら探している

「眼鏡かけろ、ド近眼」

テーブルにグラスを置いた捲簾は天蓬の耳に眼鏡を掛けた

普段通りの視界で天蓬はアークを見つけ、ニッコリと笑う

「ありがとうございます」

「煙草吸う前に水分補給」

「はい」

捲簾に素直に従う天蓬は傍目から見ても、捲簾大好きオーラを出している

洋閏達が目にすれば、失神に値するが永繕はそんな無様な真似はしない


「冷たくて美味しい〜!隅々まで行き渡ってるのが分かります〜!!
生き返る〜

「それ、永繕が作ったんだぜ?」

「永繕、ありがとうございます

「・・・・・・ぇ?はぁ、美味しいなら良かったです」

急に話を振られ、永繕は固まった

ニコニコと天蓬が笑って褒めてくれる事程嬉しい事はない

ごくごくと喉を鳴らし、天蓬は最後まで一気に飲み干した

「ぷっはー!!この後の煙草はきっと格別でしょうねっ!」

「・・・親父かお前は」

呆れながらも天蓬が飲み終えるまで
煙草に火を点けないでいた捲簾に
永繕はまたもため息を吐いた

「火、下さい」

「ん」

天蓬がアークをくわえたので捲簾も手で遊んでいたジッポを点ける

2人で1つの火を分け合うのは、まぁロマンティックと言えばロマンティックだが

炎に照らし出される表情が良いなんて言えば良いかもしれないが


・・・そこは私室でやれば?
ここ(執務室)は仕事場なんだから

真面目な永繕は2人がどんなにイチャつこうとも常識的な模範解答をするのだ


ーコンコン

「はい?」

ドアを叩かれたので永繕は無意識に返事をしてしまった

「終了時刻に済まない、私、だぁあああああぁぁっ!!!??」

扉が開いて、外の人物を見た瞬間、永繕はチャイムが鳴った瞬間に帰れば良かったと心底後悔した


驚愕で奇声を発したのは午前中に『愛娘の心配』をしていた父ー敖潤ーだったからだ

・・・執務時間が過ぎてからやって来るところが彼らしい


「け、け、け、捲簾大将っ!!!!」

「ぁ?」

紫煙を吐き、瞳の色より、というか白い肌が煮え滾ったように赤くなった敖潤を捲簾は普段と変わらない目で見ていた

「貴様という男はっ!!元帥にちょっかいをかけるなとあれ程っ!!!」

「はぁ。つーか、ちょっかい掛けられて火を分けただけなんデスけど」

「・・・戯れ言をっ!!貴様はやはり一度地獄を見るべきだっ!!なおれっ!!」

「時間外で指導ってのもちょっと・・・超勤で手当て出るなら考えマスが」

捲簾と敖潤の会話は明らかに捲簾が遊んでいる

激昂しすぎて、噴火している敖潤はその事に気付かず、
『愛娘(?)が悪い虫に言い寄られていた図』しか浮かばないようだ

「とにかく、その火を消せっ!!出ないと太刀を抜くぞっ!!」

「・・・つーかもう抜いてるし」

捲簾に刀を突き付け、吠える敖潤の親馬鹿ップリに永繕は言葉を失う

(・・・別に1つの火を分け合うくらい良いじゃないですか
その気になればこの2人は煙草の火を分け合うんですよ
・・・花火じゃあるまいし、どれだけ長時間見詰めあってるか
それに比べればマシだと思います、俺は)


煽る捲簾も捲簾だが、青二才の捲簾相手に遊ばれる敖潤も敖潤だと思う


「クスクス、・・・!」

捲簾と敖潤のやり取りを面白そうに見ていた天蓬と永繕の目が合う

天蓬はニッコリと笑った


「ご苦労様でした。ではまた明日」

「・・・お疲れ様です」

天蓬が挨拶をしたので永繕は敬礼して帰宅する事にした

ここ(執務室)に残っても自身の役割は無いわけだし、天蓬が何とかするだろう


今日は元帥と大将、お二方について考える良い機会だったのかもしれない


そう結論付けて、永繕は帰路につくのだった



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