夢と現実の狭間の中で窓を横目で見れば、まだ完全には朝日は昇ってはいないようだ。
あれだけ濃密に素肌を交わしていたのに、体温は今ではすっかり冷めていた。
いつも朧げに覚める意識の中に感じる心地好い体温が今日はない。
しかもいつの間にか自分一人でベッドを占領している。
いるはずの人物を頭に浮かべ、一体何処へ? と考える前に、少し離れた場所から水降り注がれる音が耳に入った。
シャワーを浴びている音を聞いて、無意識に安堵のため息を吐く。
直ぐに戻ってくるだろうと思い、いつの間にか清められた自分の身体を転がした。
家庭的と自称するだけあって、ベッドシーツは清潔さを象徴する純白だった。
そして微かに香るのはタバコの匂いと、男の体臭。
混同した匂いが鼻腔を擽り、心地よさにさらなる眠気が誘った。
このまま本当に眠ってしまおうかと思った時、ガチャリと浴室が開く音と、タオルでゴシゴシと豪快に髪を拭き取る音がした。
そして何となく、出てきた男の前でタヌキ寝入りを決め込む。

「お〜い、てんぽー」
「……」
「そろそろ起きろー」
「……」
「起きねぇと襲うぞ、って、と……」

耳元で囁く捲簾の顔に、不意打ちに両手を使ってガシリとしがみつく。
シャワーを浴びたばかりの短髪は、まだ湿っていた。

「どうぞ、ご自由に」
「なんだ、起きてたのかよ」
「貴方の気配で目が覚めました」

こめかみ付近に頬づりすると、仄かに香る洗髪料の匂い。
そして洗髪料ですら消せない煙草の匂いがした。

「……なぁ」
「なんです?」
「お前のソレってわざと? それとも天然なの?」
「ソレとは?」
「その人の匂いを嗅いで、気持ち良さそうにしてるのが」

捲簾は上肢を少し起こすことで、天蓬の両手の拘束を破った。
そして、今度は捲簾の両手が天蓬の両手首を捕らえ出す。
視界の先は眼鏡をかけていないため、男の顔が少々ぼやけて見えた。
しかし、少し影が掛かった精悍な顔の作りはなんとなくわかった。
濡れて下りてる前髪が、額を隠す顔立ちが何処か幼く見えるのも。
口角が上がっている捲簾に対して、自分も笑みで返す。

「さぁ、どうでしょうね。自分の顔なんて、自分では分かりませんから」
「そりゃあそうだ」

そう言って短く笑い声を上げて破顔する捲簾。
そして次第に顔が明確に見えてきたと思った矢先、唇が重なった。
先程シャワーを浴びた要因で、相手の唇は少し潤んでいる。
重ねられた瞬間、目をつむる些細な動きは最早条件反射に近い。
何の前触れもなくただ唇を受け入れ、啄むような口づけが何度も繰り返される。
口にこそ出さないが、この男の口付けは好きだ。
中毒性の高いタバコも好きだが、捲簾と交わす口付けは特に好きだ。
独特の甘さと淡い刺激は、タバコにはない中毒性がある。
何より身体の相性がいいのかも知れない、この男と。

「ン、…ふっ」

次第に激しくなる口付けに、吐息と共に声が漏れ出た。
いつの間にか片手に、無骨の指が絡められている。
まるで男女の恋人のようだ。
そして、もう片方の手が顎に添えられていた。
いや、『添えられた』とは少し語弊があるかもしれない。
何故なら口付けから一切逃れる事を許さないと、顎に伝わる手から伝わってくるからだ。

「ン、んん…っ」

突如僅かに開けた唇から、ぬるりと口内へ侵入してきたのは捲簾の舌だった。
舌が口蓋を擽り、歯列をなぞり、次に互いの舌を絡み合う。
無慈悲に舌をなぞられ、口内を蹂躙されていく。
熱い舌が執拗に絡みつき、捲簾に合わせて舌を動かす。
場の雰囲気に乗せられて、空いた手を捲簾の肩に添えた。
お互いがお互いを求めて止まない些細な動きに煽り、激しさをさらに増していく。
しかし、経験の違いで先に息を上がらせたのは、自分だ。
鼻で呼吸を繰り返していても、獣のように交われば酸欠に陥る。
そして、固い胸板を下から叩いた。
すると意外にあっさりと解放された。

「……朝から、がっつかないで、くださいよ……」
「まぁ、そう言うなって。お前だってノリノリだったじゃねぇか」

忙しく酸素を取り入れている天蓬とは違い、捲簾は天蓬の前髪を手で避けて、白い額に軽く口付けを落とす程に余裕を見せている。
その余裕が少しシャクに触るが、数時間前の情事と口付けのせいで反抗する元気が無い。
なので、文句を言わずに黙って捲簾に身を預ける事にした。
すると、捲簾は気を良くして天蓬の細躯を自らの腕の中に収めた。
下敷きにしている天蓬に気を使って、上手く全体重が細身に受けないよう器用に捲簾は天蓬を覆い抱く。

(流石は暴れん坊将軍。随分と場慣れしてらっしゃることで)

その扱い方には呆れを越えて寧ろ感服を感じた。

「何か言いたそうだな」
「いいえ、何も」

訝しく見る捲簾に、にっこりと笑って見せた。
意外にも捲簾はさほど気にしずに、鼻先を耳元に寄せ、露出する肩に手を這わせた。
次に脇に触れ、じんわりと素肌から手の温もりを感じさせる。
それに、素肌同士が直に触れて酷く心地好い。
低体温持ちにとって、体温が高い温もりは、思わず擦り寄りたくなるほどに気持ち良かった。
先程の反抗心を忘れ、すっかり捲簾に身を預けているとポツリと捲簾から口を開いてきた。

「お前って、猫みたいだよな」
「これまたどうして?」
「いつもそっけないけど、二人きりの時だけ甘えて擦り寄ってきたり、匂い嗅いできたり、撫でたら気持ち良さそうにうっとりしてるから」
「じゃあ、貴方はさしずめ僕の飼い主とでも?」
「最近は手のかかるでっかいガキの片親か保護者気分だけどな」
「よく言いますよ。自分のした事は棚に上げて」

普段日常でかなり捲簾に世話を焼いて貰ってはいる。
だがちょっと世間に足を付ければ、捲簾が起こした数えきれない喧嘩の恨みのとばっちりを何故か自分が受けたり(もちろん返り討ちにした)、過去に付き合っていた女性のやっかみの念を何故か自分に向けられたりもする。(やっかみの念など痛くも痒くもないが)
あ、そうそう。
この前なんか気に入らないと言って、上級神に喧嘩を売って懲罰房に入れられてましたね。
軍議の後知らされて、急いで迎えにいったら、肋骨が折れてるのに、ヘラッと笑っていたのを今でもよく覚えていますよ。
後から知った事実で、部下達を庇って自らが身代わりに罰を受けた事も。
その事について部下達に、自分勝手な緘口令を出して僕に隠していたことも今となっては良い思い出です。
やんちゃで無茶無防、自分勝手な悪ガキ大将の片親か保護者にでもなったように、激しい怒りを感じましたね。
他にも……、と続けると捲簾からきっぱりとした制止の言葉がかけられた。

「マジで悪かったって!」
「悪いと思うなら、以後活発すぎる行動を慎んでくださいね、捲・簾・大・将」
「……以後気をつけまーす。天蓬元帥閣下」

色々な他意を含めて念を押すと、明かに分が悪いと思わせる低い声のトーンに、つい笑みをこぼした。

「なんだか全然誠意と反省の色が見られませんけど」
「気のせい、気のせい」
「ま、そういう事にしておきます」

いつかは忘れたが、『捲簾大将は天蓬元帥に甘い』と誰かに言われた記憶がある。
しかし、自分もつくづくこの男に甘いようだ。
お互いがお互いに甘いなんて、なんだかおかしな話だ。
そんな時、わざわざ音を立てながら頬に口付けられた。

「なぁ、さっきの話なんだけど。今度は猫耳でも付けてヤってみる?」
「……貴方が猫耳なんかを付けたら多分それどころじゃないですよ、笑いすぎて」
「この流れで何で俺が猫耳なんだよ、罰ゲームじゃあるまいし」
「じゃあ、僕につけろと? まさか貴方に獣姦の趣味があったとは知りませんでしたよ」
「違げぇわっ、お前よく根掘り葉掘りホイホイ言えんなァ!」
「あいにく、僕は貴方のマニアックなプレイに付き合う気はありません」
「猫耳なんて結構オードソックスだろ? 何なら鈴付きの首輪に大人の玩具仕様のしっぽも付けちゃう?」

お前なら絶対に似合うと思うぜと、捲簾は耳元に囁きだす。
馬鹿馬鹿しいと思う頭とは裏腹に、男の色香ある声に対して背筋に戦慄が駆け上がった。

「−−変態」

冷たく言い捨てたつもりなのに、捲簾は余計とニヤニヤと口角を上げるばかりだ。
ムカつく笑みに嘆息を吐き出した。
もう好きにしてくださいといいだけに、また捲簾に身体を投げ出す。
すると今度はふっ、と低く笑う声が嫌でも耳に入り、流石に口出しをした。

「……今度は何を考えてるんですか、変態さん」
「お前がやってた猫っぽいしぐさって、ようは無意識なんだろう? 無意識にそんな事する位に俺のコト、愛してくれちゃってるんだろ、お前って」

変態呼ばわりされたというのに、捲簾は否定しずに調子に乗った事を聞いてくる。
そして間髪入れずにこう答えてやった。

「さぁ、どうでしょうね。好きだの愛してるだの、今だに理解不能ですから」

濫読する書物の中に官能小説もよく目にする。
その中によく描写された、好意を直接示した言葉。
さっき言った通り、今だに『好き』や『愛してる』だの、今だに己の気持ちがよく分からない。
たが、時より意味もなく見つめてくる眼差しは確かに好きかもしれない。
そして日常を共にする時や、出陣前に交わす言葉も。
あと、忘れてはならないのは捲簾とのセックスも好きの部類に入る。
過去に交わした数々の他人とのセックスの記憶など、掠れて思いだせないほどに。

「でも、嫌いじゃねーだろ?」

抽象なのに直球すぎる好意を示す捲簾とは違い、天蓬の場合は限りなく変化球だ。
気まぐれな性質の猫のように酷似していて、非常に分かりにくい愛情表現を示す。
人によったら誤解されがちな表現だが、愛情と分かる者には意外と可愛らしく見える愛情表現。
捲簾は、そういった所も含めて天蓬に好意の意を向けていると言った。
その言葉に対し、正直な気持ちを柔和に返した。

「……えぇ、嫌いじゃないですね。でないと、まずこんな肉体関係なんて結べませんから」
「確かにな。好きでもねぇヤツを抱いたってつまんねぇだけだし」
「……貴方は、好きなんですか?」
「あぁ、好きだぜお前が」

まだ主語を言っていないのに、また直球に返ってきた。
正直ここまで直球に言われると、恥じらいを通りこしていっそ清々しさすら感じる。
その清々しさに付け込んで、つい意地悪な思考が芽生えてしまう。

「まだ主語を口にしてないのによく返答しましたね。もし、主語は李塔天の事だったらどうする気なんです?」
「あのね……、この状況で李塔天は無ぇねぇだろ。李塔天は……」

良い雰囲気ぶち壊しやがって……、と、がくりと急に頭をうなだれ肩に額を当てる捲簾。
確かに例えがちょっと考えがたいモノがある。
李塔天に恋慕を抱く捲簾なんて、悪夢か、もしくは青天の霹靂と同じだ。
しかし、他人事だけに少し想像してみたら、それはそれで笑えるネタにはなりそうだと思った。
思った事を胸に秘めながら、相手があんまり過ぎるので少し訂正を入れる。

「流石に李塔天は可哀相過ぎますので、敖潤閣下にしておきますよ」
「あぁ、もういい。どっちでも……」

すっかり意気消沈にガクリとなった捲簾に、思わずクスクスと笑いを漏らす。
人が悪いとは自覚しているが、これが性分なのだから止められない。
そんな時、捲簾は窓に視線を移し、空がそろそろ明るくなったと気付き始める。

「ほら、そろそろ起きろ。お前は低血圧だから今のうちに起きとかねぇと中々起き上がれねぇだろうが」
「ぐー……」
「って、言ってるそばから寝んなー!」
「大丈夫ですって。冗談ですよ、えぇ、じょう、だ、ん……、………」
「だから、本気で寝直すな!」
「だって、よくよく考えたらまだ時間があるじゃないですか」
「今の内に準備しとかねぇと間に合わねぇだろうが!」
「ハイハイ、分かりました。今起きますから」

おざなりな返事をすると、乱暴に渡されたのは自分の眼鏡と衣服だった。
軽く礼をいった後、先に眼鏡をかけ、ようやく視界が精密に見える。
綺麗に片付けられたこの部屋の情景や、渡された衣服いつの間にか畳まれている上、白衣なんてシワ一つもないことも。
今目の前にいる捲簾の顔もはっきり見える。
至極当たり前の事なのに、何故か捲簾の顔を見てしまう。
捲簾は理由もなく顔を見られてる事に対して、当然不思議そうに首を傾げている。

「……」
「どうした?」
「いいえ、何でもありません」
「そー言われると逆に気になるんデスけど」
「本当に、何でもないんですよ」

気に食わない解答に拗ねた態度を見せ詰め寄る捲簾に、思わず破顔した。





こうして一日が始まる。
(朝起きたら誰かがいるのって、結構悪くないですね)







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朝のいちゃいちゃが書きたかったのに、なんかぐだぐたになっちゃいました。←

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