今更過ぎ

数年かかった旅を終えて長安に戻り、三蔵と悟空と別れた後の家はかなり悲惨だった。

まず家に入って顔を歪めたのは埃っぽいコト。
数年間喚起もしてない室内は、かなりのハウスダストに汚染されていたようだ。
さらにカビ臭い。
もうそれはそれは、家の空気を吸っただけで病気になるんじゃないかと思うぐらいヒドい。
オマケに家を出る前まで八戒が手間隙かけて育てていた家庭菜園なんて、最早雑草の無法地帯だ。
それだけ長い時間家を空けていたのかと、八戒と二人で改めて実感させられた。
辟易した汚さは、率先した八戒と指示通り動いた悟浄の働きによって、何とか住める程に清潔さを取り戻しつつあった。
まだ少しだけカビの臭いが気になるが、しばらく喚起を続ければその内消えていくだろう。

「ちっとはマシになったみたいだな」
「ええ。始め見た時はどうしようかと思いましたよ」

開いた玄関先で二人で腰かけ、一息の喫煙に浸る。
すると、隣に腰かける八戒は自分を見るなりクスりと笑みを零した。

「悟浄、埃がついてますよ」

自分で取る前に、細い手が鼻先を少しくすぐった。
しかし、付いていた埃が取れたはずなのに何か思い事があるのか、青緑の双眸は今だに自分の顔に視線を外さない。
それが少し訝しくも思うが、それよりも先に本能が動き出し、煙草を手に取ってそのまま整った顔立ちに唇を寄せた。
てっきり寸前で嫌がるかと思いきや、一瞬目を見開かせるが直ぐにゆっくりと瞼を閉じ、八戒は悟浄を受け入れた。
−−妙に大人しくて珍しい。
いつもなら例え家の前であろうとも、『場をわきまえて下さい』とピシャリと言い捨てられるのに。
色々と思う事があったので、惜し気に唇をそっと離した。
そして思い切って聞いてみることにした。

「珍しいじゃん。いつもなら外だと嫌がるのに」
「そうですね。でも今はされても嫌じゃなかったです。あと、ここだと人目も滅多にないし」
「じゃあ質問変えるけど。なんで俺の顔、さっきからじーっと見てたの? 男前過ぎて見惚れちゃったとか?」
「いつも思うんですけど、自分で言いますか? ソレ」

八戒はクスクスと小さく笑った。
だって本当のコトだしよ、何気に笑いやがって失礼なヤツ。
先程のやり取りでしばらく指ではさんでいたタバコが、大部短くなり指が熱くなってきたので地面に落として足で揉み消した。
すると、次は八戒から口を開いてきた。

「僕も聞いてもいいですか?」
「どーぞ」
「また、ここにやっかいになってもいいですか?」

一瞬八戒から、何を聞かれたか分からなかった。
思わず新しい煙草を咥えてたまま、器用に口を開けて唖然としてしまった。
何コイツ、当たり前のコト聞いてんの? っといった感じで。

「随分顔に出てますね、言いたいことが」
「だって、そのために家ん中掃除したんじゃねぇの?」
「それは元同居人としてお世話になったワケですから、掃除ぐらいは当然かと思いまして」

貴方にも、この家にも。
八戒は腰掛けたまま、背後の家に目を向けながら言った。
今にも今日でお別れですね、と言いたげに。
これがどっかの猿とかだったら一発手が出ていただろうが、八戒相手にそんな無謀な行動はしない。(てか、後が恐ろしい)
一体どうしたらそんな結論になったのか、悟浄にはまるで理解出来なかった。

「……言っとくけど、俺って全く家事とかむいてねぇからな」
「えぇ、それは重々承知してますけど?」
「もしまた俺一人でこの家に住んだら、ゼッテー家ん中が悲惨な結果になるぜ。いままで皿洗いして10枚中8枚は割っちまったし。今だに洗濯機の使い方分かんねぇし、ゴミ出すのは相変わらずめんどくさいし」

自分で言っといて、結構俺って情けねぇ? なんて思うのは今は置いておく。
八戒がいなかった時はほとんど皆ヒモ生活だったし、自分でする機会なんて滅多に無かったワケだし。
八戒も八戒で黙って聞いていたが、俺の失態を思い出したのか今にも笑いを吹き出しそうになっていた。

「今ちょっと想像しちゃったんですけど、その時はお化け屋敷的なちょっとしたテーマパーク化になるんじゃないですか?」
「人ん家を勝手にエンターテイメント化すんなっつーの」

今度こそ八戒からふふっと笑いがこぼれ、それをただ聞いていた。
そして、火を付けてようやく煙草の煙を吸い込む。
フーッと口から吐き出された煙を見ながら、また続けた。

「ま、そういうワケだからまたお前の世話になるわ、八戒」
「……いいんですか? また、僕がここにやっかいになっても」

先程の笑みをふっと一変し、伏せた顔から何処か儚げな印象を感じさせた。
何故、この男は当たり前なコトを悩むんだ?
居て良いに決まってんだろうが。
てか、居ないと結構困るし。(困るってコトはプライド的にゼッテー言わねーけど)
ぶっちゃけお前がいねぇと、やっぱりしっくりこねぇのよ、俺って。
もうそういう風になっちゃってるし。
そこんとこ、コイツはなーんにも分かっちゃいねぇ。
頭の回転は良いのに、妙なトコロでかなり鈍感だ。この八戒っていう男は。
スッと隣にいる肩を掴み、少々強引に綺麗な顔を自分の方へ寄せた。
これもまた抵抗もなく、されるがままの八戒に、今度は互いの鼻先だけをくっつけて、男前三割増しの笑みを向けてやった。

「お前がいねぇと、誰が俺の相手してくれるワケ?」
「貴方好みの女性の方々じゃないんですか?」

間髪入れずに空気をぶち壊す八戒の返事。
女ならこの常套句で一発なのに、八戒には全く効く気配がない。(同じ男だから当たり前かもしれないが)
当然このままで終わらせたくないので更に顔を寄せて、八戒に迫った。

「そーいう可愛くねぇコト言いやがって、本当は俺が好きで好きで堪らないくせに」
「悟浄こそ、男の僕を相手にするなんて、相当なんじゃないんですか?」

柔和な笑みや儚げな笑みと違って、何処か挑戦的な微笑みを向ける八戒は、やっぱ可愛くないと思った。
ほんでもって素直じゃないヤツ。
意外に負けず嫌いな性質を持つ八戒だから、なんとなく予想できた答えだけど。

「ま、とにかくよ。おかえり」
「え……?」
「帰ってきたら、普通は言うだろ?」

自分で口にしといて結構気恥ずかしい気もするが、言ってしまったモノは仕方ない。
自分も一緒に帰ってきたわけだから、言葉的にちょっと違う気もするが細かいコトは気にしない。
八戒もそう口にされると思ってもみなかったのか、きょとん、とした顔をしている。
この八戒の顔、実はケッコー好み。
なんか可愛げあるし。

「……ええ、そうですね。ただいま悟浄。そして、おかえりなさい、悟浄」
「ン、ただいまってか?」

見惚れるほど極上の微笑みに、面と向かって『おかえり』言われると悟浄にしたら気恥ずかしさ倍増だった。
しかしまぁ、悪い気はしねぇけど?

「こういう時ってふつつか者ですがよろしくお願いしますって、言うべきでしょうかね?」
「なんで嫁入り台詞なんだよ……」

人良さそうに笑う一方で、時に腹黒く、たまに天然が入る八戒。
そして、表向き八戒が世話を焼いてくれるが、こういうふとした時に儚げで脆い面影を見せる時は、自分が世話を焼く。
実は色々と手間が掛かるヤツだったりする八戒だが、悪い気はしない。
こうして、また旅に出る前の変わらない日常に戻ることだろう。
この同居人と一緒に。



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