キス防止

そこは次の目的地までの中間地点。
運行中に発見した湖を前に、水の補給とジープを休ませるために休憩するコトになった。

水辺には、白竜に戻ったジープにじゃれてる悟空が、何か失態をやらかしたのか三蔵お得意のハリセン攻撃を受けていた。
一方、少し離れた場所で二人+一匹を見守りながら、木陰に腰を下ろして一人涼しむ八戒の姿があった。

−−これはチャーンス。
鬼(三蔵)の居ぬ間に洗濯とはまさにこの事だ。
小煩い外野(三蔵と悟空とジープ)が近くにいない事を良い事に、悟浄は下心を宿しながら八戒に近寄った。

「は〜っかい」
「はい、何ですか悟じょ−−」

まだ言いかけていた口を、上から唇で素早く塞ぐ事に成功。
最近野宿ばかりだったから、こうした触れるだけのキスすらもロクに出来ずにいた。(というよりも殆ど外野に妨害されていた)
久しぶりの好感触に、気を良くして僅かに開いた唇から舌を入れた時だった。
何やらコロリとした物体が口内にあり、舌先にその物体を触れて直ぐ本能的に舌を遠退けた。
それは最も苦手とする甘味。
舌先に触れただけで、口内に甘味が広がる嫌悪の錯覚に、咄嗟に八戒から離れた。

「お、お前っ、何で口ん中がゲロ甘なんだよ……っ」
「最近誰かさんがトコロ構わずキスを仕掛けてくるので、ちょっとした防御策です」

『因みにイチゴミルク味です』と、八戒は舌先を出して飴を見せつけてきた。
−−油断した。
まさか甘ったるいイチゴミルク味の飴が、こんな鉄壁の防御の壁になるとは思ってもみなかった。
因みに少しだけ舌をチロチロだす様が、ちょっとだけ卑猥めいて見えてしまったが今は自分の心の内に留めておこう。命が惜しいから。

「はっ、そんな甘ったるい飴で俺が止められるワケねぇだろうが……っ」
「涙目で虚勢はられても、どうしようもないんですが」
「るせぇ、ちょっと目に染みっただけだっつーの!」

確かに、八戒の言ったコトはごせつごもっともだ。
だが、ここで引き下がるほど諦めが良い俺じゃねえ。
もし俺が聞き分けが良いイイ子ちゃんだったら、最初から危ない橋(八戒)なんか渡らねぇからな。
いつも涼しげにしているこの男が、息つくヒマも与えないほど濃厚なキスで攻めれば、甘く鼻にかかった声と何とも悩ましげな色気を見せ付けるのだ。
しかも普段の食えない態度から信じられない程にかなり順応的になって、普段とのギャップがかなりソソられる。(そのコトで弄りすぎるとやはり後で怖いが)
−−そう。
リスクも高いが、期待していた以上に見返りも高いから止められない。
ここで引き下がっちゃあ男が廃るってもんだ。
何か、手立てがあるはず……!
悟浄本人は下心という野望を果たすため、真摯(あくまでも)に八戒の策を破ろうと頭を捻っている。
客観的に今の悟浄を見たら、かなりくだらない執念の塊だというコトを本人は自覚していない。
そして、その悟浄の悶々とした下心を既に見抜いていた(というか顔に出ているため)八戒は辟易とため息をはいた。

「たまには潔く諦めてたらどうです?」
「悪いな。諦めの悪さは天下一品なんでな、俺って」

自慢げにいうコトではないが、コレも今は胸の内に留めておく。
今はあの邪魔な飴のコトだ。
あの邪魔な甘い飴がなければ……。
飴、飴、あめ、アメ、−−っ!
悟浄は何かを思い付いのか八戒に見せるようにニヤリと口角を上げた。

「八戒、今回は俺様の勝ちだな」
「どうしてです?」
「お前が飴を舐め終わった時を見計らって狙えば、後は多少甘くても強行突破出来るからな」

つまり、このまま八戒が口内にある飴を舐め溶かせるのを待つだけで、悟浄の勝利は確定だ。
儚ない策だったな、八戒。
俺だって頭脳戦がいけちゃったりするのよね。
そうと決まったら後は短い時間を待つだけだ。
この煙草が吸い終わる頃には、飴の妨害が薄れ、八戒と(キスが)出来る。
たまには俺が優位に立つってコトを、八戒に分からせねぇとな。
悟浄は愛煙しているハイライトを口に咥え、余裕とイヤらしげに笑みを刻みながら喫煙を始めだす。
しかし、悟浄の策を臆せず、ニコリと八戒は反撃を始めた。

「残念でしたね悟浄。もうその対策は練ってあるんですよ」
「何? −−そ、それは?!」

八戒はその場から立ち上がり、悟浄に見せ付けるようにポケットからあるモノを取り出す。
赤いフィルムに包まれた新たな飴−−。

「そう。貴方が最も苦手とする、−−梅味の飴です」

実は既に『イチゴミルク味』を舐め終えていた八戒。
悟浄にこれみよがしに、口内に何も無いコトを表すため舌を出し、阻止される前に『梅味』の飴を口内におさめた八戒。
その様子を悟浄は、まるで世界が崩壊される寸前かのように、絶望色に染まっていく。

「お、俺としたコトが……!」

悟浄は失意にガクリ、と膝を折った。
そして火を点したばかりのタバコを、ポロリと地面に落とし無念に散った。
−−こうして、悟浄の(かなりくだらない)野望が潰え、二人の攻防戦(というにはかなり語弊のある)は幕を降りる。

一方、攻防戦が始まる少し前からずっと傍観していた三蔵とジープを抱く悟空。
やり取りが終わる最後まで傍観している二人は、心底『……くっだらねえぇええ!!』と、思いを一つにしていたのだった……。



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