すき 背後から悟浄は顎を肩に乗っけてきた。 事の始まりは昼食(悟浄は朝食を兼ねて)を食べ終わった食器を洗っている最中だ。 よく、こういった背後から顎を肩に乗せるという奇妙な行動を悟浄はしたがるのだ。 少し前に一度だけ、台所で作業中に背後から襲われたコトがあったが、ちょっとした仕返し(悟浄にしたら『ちょっと所の報復じゃねえ……』と述べている)をして以来、悟浄は台所では不埒なマネはしなくなった。 そしてその代わりに、この奇妙な行動に出る事が多くなった。 悟浄いわく、スキンシップのつもりらしいが、作業している側にすれば邪魔以外の何物でもない。 肩を払い除けたいと思うが、嫌がるそぶりを見せるとますます調子に乗る天の邪な悟浄を骨身に染みている。 よって、八戒は本人が飽きるまで大人しく作業を続けていた。 「なぁ、聞いてイイ?」 「何をですー?」 肩に受ける顎の動きと、フワリと煙草の匂いを感じながらも、八戒は半分意識を皿洗いに向け、おざなりに返事した。 「お前、酒は好き?」 「嫌いじゃないですけど?」 「本は?」 「それも嫌いじゃないです」 「じゃあ、眼鏡は?」 「……、それに対して好き嫌いはどうかと思いますが」 突然悟浄から、趣旨が掴めない質問攻めを先程からしつこくしてくる。 そして質問がおかしいコトを指摘すると、質問した本人まで確かに、と同意していた。 「じゃあ、ジープは?」 「好きですよ。だって、家族ですから」 「んじゃ、三蔵と悟空は?」 「もちろん、二人とも大好きですよ」 本心を込めて言ったはずが、悟浄は明らかに訝しげな顔をしていた。 全く、失礼な人ですね。 「じゃあコレが最後の質問、俺は?」 ……一瞬の沈黙。 八戒は思った。 この人は一体僕に何を求めているんでしょう? 好きか嫌いかと子供のような質問に対して、一体何を期待しているんでしょうね。 それにどんな概念で好きか嫌いを聞いているのか分かりませんし。 友愛としての意味なのか、……恋愛を通した意味なのか。(まぁ、十中八九後者でしょうけど) 「……好きか嫌いかと聞かれたら、好きの部類に入ってます。だって普通は嫌いな人と一緒に住みたくありませんし」 とりあえず、八戒はつつがなく無難な回答を口にしてみる。 すると、八戒の口から『好き』と聞けたコトに対し、明かにニヤニヤと悟浄は笑っていた。 「へぇ、そー。あの八戒さんがねぇ〜」 「……その意味深な顔は何です?」 「だってお前って、この二枚目でニヒルで男前な俺のコトが好きってコトだろ〜?」 八戒は同居人としての意味としてだったんだが、どうやら悟浄はかなり自分に都合が良い解釈をしているようだ。 何だか面白くない八戒は、ふとある小さな悪戯心が芽生えだす。 水道の蛇口を一旦切り、クルリと悟浄の方向に顔を向けた。 「じゃあ、僕も聞きますけど。悟浄は僕のコト、好きか嫌いかどっちなんです?」 「あ? 好きか嫌いかって? まぁ、俺も嫌いなヤツとなんて住みたかねぇし、嫌いじゃねぇけど?」 「なるほど。つまり、悟浄にとって僕はその程度の存在なんですね……」 「あ?」 「人の好意に付け込んで世話を焼かせるだけ焼かせて、都合が悪くなったらポイッですか」 「ちょっ、何でそうなる!?」 「ひどい……、悟浄にとって、僕は遊びだったんですね……っ」 「ってこらぁ! 人聞きが悪いコトほざいてんじゃねぇって!」 両手で顔を覆い、切なげな声を出して嘘泣きを演じてみせると、悟浄は荒げる声で反論を返す。 しかし、何処か困惑の色を含ませる悟浄の声に、『あと一押しですね』と内心呟いた。 「泣きたくもなりますよ。だらし無い悟浄に普段から言っても直してくれない、脱いだ靴下をそのまま脱ぎ捨てるとか、空き缶を灰皿に使うとか、いきなり押し倒してくるし、嫌だ嫌だといっても逆効果でしつこく攻めてくるし、腰が痛いのに連日続けて盛ってくるし、それから……」 「わーったよっ!! すき好き大好き猪八戒さんのコト好き過ぎて泣けてくるぜコノヤローっ!! これで満足かァ!?」 「ええ、もちろん」 半分ヤケクソになった悟浄の告白に、顔を覆っていた手を退かして笑ってみせた。 表はニコリと笑い、内心はほくそ笑んで。 少し意地が悪いなぁと自覚はあるが、これが性分だから止められそうに無い。 八戒は色々と満足すると、再びやりかけの皿洗いに戻った。 戻る <<今更過ぎ キス防止>> |